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文/佐藤朋子
そうだ、ラスベガスへ行こう!
「ラスベガスへ行こう!」
 ある朝学校へ行くと、待ち構えていたようにスイス人のラファエルがそう言った。興奮した面もちである。私と友人のNは、ハァ? と怪訝な顔になる。そう言えば、その週末は、3日間のお休みだった。クラスメイト達と、どこかに行きたいね、と話していたところだったのだ。

 昼休み、SDSU(サンディエゴ州立大学)の片隅にある、ALI(アメリカン・ランゲージ・インスティテュート)のプレハブ校舎の前で、ラファエルと落ち合う。
「チケットが安いんだよ。もう僕たちは昨日のうちにチケットを買ったんだ。だから君たちも急がなくちゃ」
<僕たち>というのは、彼の他に、スイス人が二人、スペイン人が二人、イタリア人が一人というメンバーだった。
 私とNは、ラファエルに引っ張られるようにして、大学内にある旅行代理店に行き、あっという間にエアチケットを手に入れていた。

 ラスベガス!
 カジノ、ギャンブルの街!
 巨大なエンターテインメントシティー!

 なんだか楽しみになってきた。
 サンディエゴから飛行機でほんの2時間くらいだ。ラスベガスのエアポートでは着いたとたんに巨大なスロットマシーンが出迎えてくれる。泊まるホテルは、ゴージャスなテーマパーク型ホテルではなく、ダウンタウンに近い、さえない小規模のホテルだ。私とNと、スペイン人のマイテちゃんが同室になった。
 集合したときから不思議だったのが、マイテの荷物の大きさである。ほんの2泊3日の小旅行なのに、大きなボストンバッグがめいっぱい膨らんでいるのだ。私やNは小さなキャンバス地のバッグひとつだけだし、他のメンバーも手にしているのはバックパックひとつだ。間もなく、その謎が解けた。

 部屋に入ると、すぐにマイテは部屋着に着替えた。そして、その後も食事に行く度、散歩に行く度、カジノに行く度、上から下までびっしりと完璧に用途別にコーディネイトされた服にチェンジするのだった。
 いったい何着、何パターンの服を持ってきているのだろうか! 驚き呆れる私とNに、
「スペインではこれが普通よ」(ホントか!?)
 と、彼女はにっこり笑うのだった。
 ある意味、尊敬。

 ラスベガスで嬉しかったのは、カジノでもテーマパークでもなくて、食事だった。<ラスベガスの食事は全米の他のどの都市よりも総じて安くて内容も濃い>と聞いていたのだが、その通りだった。高級ホテルでも、バッフェは激安で豪華なのだ。観光客はギャンブルでお金を落としていくので、食事の分もカジノ収益でカバーできるからということだった。しかし、この傾向は、最近には当てはまらないらしい。街全体がギャンブル都市から家族で楽しめる総合レジャー都市へと変貌したせいで、観光客の非ギャンブラー化が進んでいるそうだ。

 さて、ラスベガスは、観光客にとってはダウンタウン地区とストリップ地区の二つに大きく分けられる。ストリップ地区には、ラスベガス大通りに有名な大型ホテルが連なり、ほとんどの日本人観光客はこちら側に宿泊するだろう、一方、ダウンタウン地区には、小規模のホテルやカジノが林立している。古き良き時代の庶民的なムードが漂っているのである。
 私達クラスメイト一行は、夜はストリップ地区の巨大ホテルのカジノでお約束のスロットマシンやブラックジャックなどで遊び、昼間はダウンタウンをぶらぶらと散歩した。

 街には、至る所にウェディングチャペルがある。無数にあるといってもいいくらいだ。そのときには、どうしてこんなにチャペルが存在するのか分からず、無邪気に記念写真など撮っていたのだが、後になってその理由が分かった。ラスベガスは、世界で一番簡単に結婚ができ、また一番簡単に離婚が出来る街なのだそうだ。
 なるほど。
 クルマに乗ったまま式が挙げられる、ドライブスルー結婚式なんてのもあるそうだ。
 まるで教会のコンビニみたい。
 すぐそばには、世界一のギャンブルシティ。毎晩、見たこともないほどの大金が生き物ように右から左へ動いていく街。そんなわけで、いろいろ理由(ワケ)有りのカップルも多いということだ。そのあたりは想像力をたくましくしてみてください。

 そんな街でハイになった私達は、ストリップ地区でカジノからカジノへと夜通し過ごし(米国で真夜中、安全に道を歩ける場所がここしか思い当たらないってのも変なものだ)、チャペルで新婚ごっこをしたり、土産屋をのぞいたりした。
 マイテは私達のリクエストに応え、ストリートで、フラメンコを踊ってくれた。ほんの少しだったけれど、これが本当に素晴らしかった。
「学校の授業で習うから、誰でも出来るのよ」
 と、彼女は照れていた。
 スイス人の男の子は、旅の間ずっとウォークマンでピンク・フロイドを聴いていて、特に「Another brick in the wall」を繰り返し繰り返し歌っていた。挙げ句、私達まで
 <We don't need no education.……>と、強制的に合唱させられ、でも最後には、皆で、
 <Hey! Teacher!>
 と、叫んでいたのだった。
 かと思うとバスの中では、ヨーロッパで放映されていて人気だという「アルプスの少女ハイジ」の主題歌を、何故か、皆で合唱していた。
 <おしーえてー、おじーさん>ってやつ。もちろんアヤシイ日本語で。

 旅の間、マイテはいったい何度服を着替えたのか。スイス人の彼は何度「Another brick in the wall」を歌ったのか。朝食のバッフェでラファエルは何度おかわりしたか。仲間の内、一人は勝手にいなくなり、グランドキャニオンを見に行ってしまったり。なんだかばらばらで、ちっともゴージャスじゃない旅だった。
 けれど忘れられない。

   その後、アメリカ滞在中にもう一度ラスベガスに行く機会があった。今度は日本人の友人3人と、クルマで行ったのである。砂漠の中の「不夜城」といわれるラスベガスを遠くから見てみたかった。
 サンディエゴから6時間のドライブ。ドライブインもレストランも何もない、空と道と荒野のほかには何も見えない所をえんえんと走り続ける。ぐったりと疲れた頃、ふと気付くと、遠くの砂漠にぽっかりと光る塊が浮かんでいる。
 それが不夜城、ラスベガスの明かりだ。

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