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文/佐藤朋子

 今月から、旅にまつわるエッセイを綴っていこうと思う。1泊2日の国内旅行やサイパン旅行5日間のようなものから、長期間にわたる滞在まで含めた、「ここではない場所」での様々な印象的な出来事。それらを、タンスの奥にしまった学生時代の制服をなつかしむように、取り出して、埃をはらって、あらためて眺めてみようと思うのだ。
 旅のスタイルは、人によって様々だ。バックパックひとつで放浪するような旅を好む人、ゴージャスなホテル・グルメ・ショッピングがいつも3点セットになっている人、はじめから終わりまでびっしりと計画を立てる人、なーんにも決めないまま行き当たりばったりで行動する人……。
 私の場合、最初だけ決めておいて、旅の後半は現地で決める、というパターンが多い。つまり、着いたその日に泊まる宿くらいは決まっていないと心配で、その後はなんとかなるだろう……と楽天的に思っているのだ。
 しかし、である。どうもヌケているところのある私、スケジューリングしたはずなのに、違う(飛行機・ホテル・部屋……)じゃん! という事態になることが情けないほど多い。初めての異国の地で、あぁ、どうしよう! どうすればいいのー! と焦りまくる場面を何度経験したことだろう。よく一緒に旅行をする女友達曰く、
「他の友達と旅行に行くと、だいたいスケジュール通り滞りなく旅ができるのに、アナタと行くと絶対! 何かが起きるのよね〜」
 ということだ。確かにその通りでございます。それらは「〜事件」と名付けてファイリングできるくらいだ。
 事件には、必ず「人」が関わる。騙される。嫌がらせを受ける。あるいは、助けられる。友達になる。怒る。泣く。笑う。
 凶悪な事態を切り抜けられたのも、滞在先でいい思い出がつくれたのも、必ず、そこにいた誰かのおかげだった。偶然にもそばにいただけで力になってくれた人や、寂しさや笑いを共有してくれた友達たち。
 彼女や彼らと出会った場所を、いつか、記しておきたいと思った。
ヴェトナムからやって来た女の子
 先日、『夏至』というヴェトナムを舞台にした映画をビデオで観た。『青いパパイヤの香り』や『シクロ』でも有名なトラン・アン・ユン監督が描くヴェトナムは、熱気に溢れ、温かく、優しく、そして官能的だ。
 インドシナ半島東側の細長いS字型をした国。海、川、高原などロケーションが豊富で、光と緑に包まれたそこは、私の友人、トラングの故郷でもある。
 彼女はヴェトナム人だが、幼い頃にしか自分の国に住んだことがない。
 ちょうど十年くらい前のことである。
 私がサンディエゴに留学していた頃、ジュニア・カレッジのESL(English as a Second Language)のクラスで知り合った。彼女の名前が“トラング”(TRANG NGUYEN)で、私のファーストネームが“Tomoko”なので、席が隣同士だったのだ。英会話の授業でペアを組んだり、宿題を教え合ったりするうちに、自然と仲良くなったように思う。彼女は、奨学金をもらっていたため、大学の図書館で働きながら勉強をしていた。クラスにいた他のヴェトナム人の生徒と同様に真面目だったが、日本人に似てシャイな子が多いなかで、トラングは明るく積極的な性格だった。
「ウチに遊びに来ない?」
 と言い出したのも彼女からだった。
 彼女は、大学の近くの一軒家に家族と共に暮らしていた。
 お互いの国の料理を持ち寄って一緒に食べようということになり、ある休日の午後、私は彼女の家に遊びに行ったのだった。
 けっして裕福とはいえない彼女の家には、お醤油に似た香りがただよっていて、これはニョクマムという魚で作る調味料なのだと後で知った。きっと、ヴェトナム人から見たらアメリカっぽく、アメリカ人から見たらヴェトナムっぽく見えるだろうという雰囲気の家だ。私には、古き良き日本をイメージさせるような、なつかしさを感じる空間だった。
 トラングの部屋には、小さな固いベッドと勉強机があった。そして壁には、ヴェトナムの民族衣装、アオザイを着た彼女の写真が飾ってあった。それを彼女はとても自慢そうに私に見せたのをよく覚えている。ふだん、Tシャツとジーンズという格好しか見たことがなかったので、ウエストの方まで深いスリットの入ったチャイナ服風の長いブラウスと、クァンというパンタロン風のパンツを着たトラングは、とても綺麗でまぶしく見えた。
 私たちは彼女の部屋で、とりとめもないおしゃべりをした。
 彼女の家族が何故アメリカにいるのか、そしてヴェトナムに帰れない理由。ヴェトナムでの選挙の方法。好きな男の子の話。将来のこと。私よりも3歳年下の彼女は、少しもアメリカンナイズされておらず、まったくウブで子供っぽいところがあったが、純粋で、素直で、なんだか人なつこい子犬みたいな感じがした。
 なによりトラングの心からの笑顔は、私の胸の内側に届いて、異国に住んでいるというそこはかとない不安をきれいに取り払ってくれたのだった。
 彼女は、アオザイの写真を見ながら、ふとうるんだ瞳になり、
「いつか、ヴェトナムに帰りたい」
 そう言った。
 私は、ややこしい政治的な事情を抱えた彼女の家族を思いつつ、"You will."とか"That's all right."とか言いながら、生まれた場所に、帰りたいのに帰ることが出来ないなんて、そんなことはあるべきじゃない、と心の中で思っていた。
 さて、トラングと約束した自分の国の料理だが、その当時、料理などほとんどしたことがなかった私が作ったのは、ソース焼きそば。そして、ヴェトナムってたしか食文化の豊かな国だよなーと期待していた私に、彼女が用意してくれたのは、「ぷっちんプリン」だった。
 これだけは今もって意味が分からないのである。


トラング 右がトラング、左が私。
シャツの前結び&ミニスカートが恥ずかしい・・・
10年前のカリフォルニアってことで許してくれぃ。

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