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文/佐藤朋子
ステラのこと
 この旅をめぐるエッセイの連載を始めた一番の理由は、実は、彼女のことを書きたかったからだった。今になって、そのことに気付いた。

 世界のあちこちで今、いろいろなことが起こっている。当たり前のように平和だと思っていた日本という国さえ、はかない砂の城だ。たとえば今日、世界のどこかで誰かが戦争のために亡くなってもおかしくない。そんなことを思うとき、必ず思い出すのは、台湾人の彼女のことだ。
 名を「林 月音」という。英語名は「ステラ」だ。

 ◎出会い

 ステラと初めて会ったのは、ホームステイ先の家だった。その家は二階がすべて生徒用になっており、二部屋+バスルームがあるのだが、その頃、ちょうど日本人の女の子(ちなみにそこは女の子オンリーだったのです)が出て行ったばかりで、生徒は私ひとりだけだった。Mさんという女の子が使っていた広い部屋のほうに、今度は韓国人の女の子が入ることになっているのを、私も聞いていた。

 その日、私が学校から帰って部屋に居ると、ノックの音。ドアを開けると、にこにこと笑顔の彼女が立っていた。それが、ステラだった。
 彼女は、私の隣りの部屋に入る予定のヒャン・スウとロサンゼルス空港で知り合ったという。そして特に宿泊先を決めていなかったステラは、ヒャン・スウを迎えに来たホストファミリーにすすめられて、そのまま一緒にこの家にやって来たというのだ。
 この家には、生徒用の二部屋の他に、ゲスト用の小さな部屋があった。その部屋は、うまく表現できないのだが、壁で四方を囲まれたふつうの部屋ではなく、三方面が一階に対して半分オープンになっているという、変わった部屋だった。一階から見ると中二階のようになり、半分吹き抜けなので家は広く見えるが、あまり落ち着ける環境とはいえないだろう。だから私も、ステラは宿泊先が決まるまでの間、ここに滞在するのだろうと思った。

「私の部屋を見にいらっしゃいよ」
 彼女は中国語なまりのほんわかとした英語でそう言った。まるで空気を包み込むような優しい喋り方だった。
「素敵でしょう。私、ここに住むことにしたの」
「でも、オープンになってるから、リラックスできないんじゃない?」
 私が言うと、
「全然平気よぉ。私、気にならないもん」
 と、笑い声をあげたのだった。
 それから彼女は、ロスで行ったディズニー・ランドの話をしはじめ、そこで見た子供たちの様子を身振り手振りで大騒ぎしながら実演してくれたのだった。
 なんだか初対面とは思えない・・・。
 私もいつしか彼女に引き込まれて、一緒に笑っていたのだった。

 ◎ステラの秘密

 サプライズで隣人になったステラと、もうひとりの隣人であるヒャン・スウと私の3人の共同生活は、アジア人同志ということもあってスムーズにいった。ヒャン・スウは、韓国人の友人といることが多く、家で食事をせず、ほとんど毎日仲間と出掛けていた。必然的に、ホストファミリーと私とステラとで食卓を囲むことが多くなったのだった。食事が済むと、年輩のご夫婦であるホストは散歩に出かけ、帰ると早々に部屋に引き上げてしまう。だからほぼ毎晩、食事の後にステラと私はふたりだけになり、リビングでコーヒーを飲みながら一緒にテレビを見た。

 ステラはアメリカのドラマが好きだった。あるときは、夜中に映画「オーメン」をやっていて、「怖いから一緒に見て」と言われ、私も怖いからソファの上でふたりでくっついて見たこともある。
 CMになると、私達は紙に漢字を書いて会話をした。言葉を発しなくても、通じ合えることが不思議で、嬉しくて、感動した。
 私たちは魔法の言葉を共有しているみたいだった。お互いのつたない英語では伝わらない何か、文字の持つ雰囲気みたいなものを私たちは分かり合えるのだった。
 だから、ある夜ステラが紙に書いた「林 月音」という彼女の本名が、どんなに美しい言葉なのか、私には感じることができた。本当に美しい名前だと思った。私がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。笑うと、彼女は仏様みたいに優しく穏やかな顔になり、それは私が一番好きな表情だった。

 ある晩のことだ。私とステラとヒャン・スウは、夜中に秘密のパーティをした。本当は部屋の中で飲食するのは禁止だったけれど、3人ともお菓子を隠し持っていたので、それを持ち寄って、一番広いヒャン・スウの部屋に集まったのだ。カセットデッキから韓国の流行歌が流れ、見たこともない台湾のお菓子がベッドの上に並べられ、お茶を飲んだ。

 ステラが一番年上で、次が私、ヒャン・スウは私よりも3、4歳年下だった。
 私たちはそれぞれの国のことを話し、自分自身のことを話した。そのときステラが語ったのは、彼女が留学した理由だった。
 簡単に言うと、彼女は台湾にいたとき、上司と不倫していたのだった。その彼と別れることになり、彼女はつらくてアメリカに来ることを決意したのだという。
 なんだかものすごく意外だった。
 そのとき私自身も彼女と似たような経験をしていて、やはりそのことが留学するひとつの理由でもあったのだ。私はまだ精神的に不安定だった。揺れていた。
 けれど、いつもにこにこして、おおらかで、マイペースな彼女がつらい恋愛体験をしているなんて想像もつかなかった。そして、まだ傷の癒えていないだろうその体験を淡々と感情的にならずに語ることが出来る彼女を、私はすごいと思ったのだ。

 ◎サヨナラ

 その家でほんの4ヶ月間、私たちは一緒に過ごした。学校でもいっときは同じクラスだったので、昼も夜も近くにいた。
 クラスメイトと一緒に餃子パーティをひらいたり、ダウンタウンのモールで、ホストファミリーのためにクリスマスプレゼントを買いに行ったりした。クリスマスの日、ステラは、クリスチャンになった。
 ステラは「祈り」が似合う人だった。

 クリスマスが終わると、私は引っ越しをした。
 私がそれまで住んでいた部屋に、ステラが住むことになった。
 私は彼女に、和紙で作った栞を贈り、彼女は私に、プラスチックのケースに入った小さい鮮やかな色のチャイニーズシューズの飾りをくれた。そして、
「あなたは妹みたいだった」
 そんなふうに言ってくれたのだった。
 私は学校も替わったので、それ以来、彼女と会うことはなかった。
 その後も私は何回か引っ越しをしたが、ステラはそれからもずっと、元私の部屋だった場所に住んでいた。
 やがて私は帰国を決め、久しぶりにステラに電話をしたのだ。
 日本に帰るの、と彼女に告げると、ふいに寂しくなって、電話口で私は泣いてしまった。すると彼女も涙声になってしまったのだった。

 台湾はとても美しい国だと、彼女はよく言っていた。彼女と別れてから十年以上経っても、私は「林 月音」という漢字の綴りを時々ふと思い出す。そして、台湾を思い、世界を思う。世界中の美しい場所と、そこに暮らす人々や動植物が守られるように祈らずにはいられない。

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