CosmosLabタイトル


文/佐藤朋子
小さな出会い
 ◎婚約をぶっちぎった彼女

 留学生活の第1日目、私は成田からサンノゼ、そしてアメリカ国内線でサンディエゴ空港までやって来た。普通ならロサンゼルスを経由するところだが、ロスの巨大な空港で迷子になりそうな気がしたのであえてパスしたのだ。なんといっても初日なのだから。

 荷物を受け取り、到着ロビーのイスに座って、知り合いが迎えに来てくれるのを私は待っていた。すると向こうから、大荷物を抱えた女性がひとり、よろよろと歩いて来た。歩いて来た、というよりは、ただ足を交互に前に出していただけだろう。腕に抱えているダンボールのせいで前方が見えていないらしいからだ。
 それにしても尋常ではない大荷物だ。巨大なスーツケース、中位のスーツケース、むき出しのままのラジカセ、そしてみかん箱程の大きさのダンボール。しかもダンボールからは荷物がはみ出している。これを全てひとりで持っているのだ。
 イスに荷物を置こうとしたらしいが、よろけて、彼女は私にぶつかった。
 それが出会いだった。

 彼女は私と同じ学校に入学するところだった。そして、ホームステイ先の家族が迎えに来てくれるのを待つというのだ。
 それぞれの待ち人がやって来る間に、私達は友達になった。
 彼女は当時25歳。婚約中であり、結婚式は1ヶ月先と決まっていた。結婚前にどうしても憧れのカリフォルニアに留学したくて、周囲を説得し1ヶ月だけの約束でやって来たのだった。その割に荷物の多さには呆れてしまった。長期留学を予定していた私でさえ、小振りのスーツケース1個だけだったというのに。

 その後、彼女とは学校でも顔を合わすようになり、だがそれぞれの生活が定まってくるにつれ、あまり話はしなくなった。
 おや、と思ったのは、1ヶ月経った後のことだ。
 彼女はまだいるのである。
 聞いてみると、結婚式を延長したのだという。かなり無理を言ったのに違いない。しかし、それから2ヶ月経っても、3ヶ月経っても、彼女はいた。
 一体結婚はどうするんだろう……と思っていたら、ある時、彼女はクラスメイトの男の子と一緒にメキシコへ、逃げた。業を煮やして、とうとう日本から婚約者が彼女を連れ戻しに来たのだ。やがて彼女は婚約者に見つかってしまうのだが、日本には戻らなかった。私が留学を終え、帰国するときにも彼女はまだアメリカに住んでいたのである。
 はじめから計画していたとは思わない。けれど、あの大荷物は、やはり何かの決心の表れだったような気がしてならない。

 ◎泣き虫どうし

 彼女と知り合ったのは、留学を終え帰国する飛行機の中だった。
 ロサンゼルス空港から今まさに飛行機が飛び立とうというその時、窓際に座っていた私は、思わず涙を流してしまった。自分でも驚いた。その頃にはもう日本に帰りたくて帰りたくて仕方なかったくらいだから、まさか泣くなんて……と思いつつ、頭のなかが麻痺してしまったみたいに涙はとまらなかった。きっと、ちょっとした興奮状態だったんだろう。これまでに起こった出来事がまさに走馬燈のように浮かんでは消えていった。

 しばらく感傷的な気分に浸っていると、ふいに、ズッ、ズズー、ズズー、という不気味な音が聞こえてきた。
 何?
 これって私の? いやいや、それは、隣の席に座っていた男性を挟んで、さらに隣の席から聞こえていたのだった。私は涙でうるんだ瞳をハンカチで抑えながら、音の方を振り向いた。すると、彼女もこちらを見ていて、バチンと目が合ってしまったのだ。
 泣き腫らした瞳が真っ赤で痛々しかった。私もそんな顔をしていたのだろうか。

「も、もしかして留学してた?」と、私。
「うん。サンディエゴ」弱々しく彼女は言った。
 まじー! 私も! 私達はお互いに身をのりだした。ね、どこの学校だった? ○○君って知ってる? ○○ちゃん? 知ってるーー!! 住んでたとこは? あそこの日本食、おいしーよね。そうそう……。
 やがて、いたたまれなくなったのか、それとも迷惑だったのか呆れたのか、真ん中にいた男性が席をゆずってくれた。
 理解者を得た私達の目から涙は跡形もなく消えたのは言うまでもない。
 彼女とはそれからすぐに日本で再会することになった。

▼CosmosLab TOP