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文/佐藤朋子
サンクチュアリが消えた日〜バリ島へのオマージュ
 今月12日、インドネシア・バリ島の繁華街クタ地区にあるディスコ前の路上で爆弾テロがあった。
 このニュースを聞いたとき、我が耳を疑った。
 バリ島? クタで? ディスコ「サリ・クラブ」に爆弾テロ?

 バリ島といえば「神々の島」「精霊の宿る神秘的な島」「最後の楽園」などと称される屈指のリゾート地であり、私自身にとっても、忙しい日々の心の拠り所となる特別の場所だ。今まで、世界がどんなに不安定な状況になろうと、ここだけは結界で守られているような安全な場所なのだと思い込んでいた。

 以前、クタの刑務所(クロボカン)から、約200名の囚人が脱走したという事件があった。これが別の国だったなら背筋も凍る想いになるだろうが、現地の人からメールで届く内容はそれほど切迫したものではなかったという記憶がある。それに、200名もの囚人に脱走されてしまう刑務所って一体、何なの!? と呆れて笑ってしまったものだ。

 ややこしい宗教がらみの闘争とは無縁な場所だろうと思っていた。イスラム教徒が大半のインドネシアだが、バリ島だけは、バリ・ヒンズーだからだ。
 ところが今回の事件は、欧米人……とりわけオーストラリア人を標的にしたイスラム過激派によるテロらしい。日本人を含めた何百人もの人々が犠牲になった。

 誰も、この場所で、こんな事が起こるとは、夢にも思っていなかっただろう。

 この事件の後、バリ島にいたヒッピー達が、東南アジアの別の場所へとそろって移動していると聞いた。
 この世界には、もう安全な場所などないのだろう。
 聖域は、なくなってしまった。

***

 いつかバリで見た、バロンダンスを思い出す。
 バリ舞踊は、古代インド叙事詩『マハーバーラタ』やバリの神話をもとにしてつくられたものが多いが、バロンダンスもその一つである。
 簡単にストーリーを説明しよう。

「スデワ王子は魔女ランダによって生け贄にされる運命だ。王子を守ろうとする母の女王と大臣は呪いをかけられて相手の意のままになってしまう。木に縛りつけられた王子がいよいよ死を待っていると、シヴァ神が現れ王子に神の力を授け、不死身にする。ランダは王子を殺そうとするが、敗北を認め、自分を殺すように頼み昇天する。しかしランダの肉体は滅びても怨霊が残り、弟子のカリカに乗り移って魔女ランダに変身する。
 王子も聖獣バロンとなって登場し、若者たちとともに戦う。ランダとバロンの力は拮抗しているので、なかなか決着はつかない。ランダは魔力によって、若者たちに呪いをかける。すると若者たちはトランス状態になり、クリス(短剣)をみずからの胸に突き立て自害する」

 魔女ランダと聖獣バロンは、バリの特殊な世界観を象徴している。
 黒魔術を操るレヤック(妖術使い)の女王で、邪、悪、死の象徴であるランダと、獅子の化身で、聖、善、生を象徴するバロンという、相対する二つの力が拮抗することで世界が成立しているというのが、バリ人の考え方だ。

 白い衣装を着た僧侶が現れ、トランス状態になったダンサーに聖水をかけ正気に戻していく。
 魔女ランダと聖獣バロンの戦いは、勝負がつかないまま永遠に繰り返されるのである。善と悪との壮絶で終わりのない戦いだ。
 善が勝利して悪が敗れるという勧善懲悪の世界ではないのだ。暗部はけっして抹殺されるべきものではなく、聖なるものと同時に存在している。そのバランスがうまく保たれることによって世界は成り立っている。

 ランダが象徴しているものは、ぜんぶ自分のなかにある、と私は思う。人間は、そういう切ないものを抱えながら、よろよろと生きていかなくてはならないのだと思う。だからランダは、人間の心のなかに潜む邪悪を認め、許してくれる母のような存在でもあるのだ。許してほしいから、バリの人々はランダを恐ろしいと感じると同時に、崇拝もする。

 視点が違えば、物事は180度変わって見える。
 悪は、別の角度から見れば、慈しみの象徴にもなる。
 そこが、難しい。

 観光客が滅多に来ないような、小さな村で行われたバロンダンス。
 上演後に、思わぬ光景を目にした。
 それまで周囲でダンスを見守っていた地元の人らしい人々が、いつの間にか、神への捧げものを頭上にかかげながら、舞台へと集まってきたのだ。
 そして、皆がその場にひざまづいて、そのまま祈りの時間となったのだった。

   私や数人いた外国人達は、その神聖な雰囲気に圧倒され、その場を動けなかった。何かとても美しいものを見たような気持ちになった。

 私が次にバリ島へ行く日は、いつになるのだろうか……。

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