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文/佐藤朋子
パリの美術館
 ストン、と突然季節が変わった。残暑の厳しかった9月から一転して、ここ数日は長袖でも薄手のものでは寒いくらいだ。四季が狂っている。少しずつ少しずつ暑さや寒さが引いていって、空の高さや雲の形や空気が微妙に変わっていって、気が付いたらいつの間にか新しい季節になっている──私達日本人になじんでいるのは、そんなふうな季節の移り変わりなんだけど。

 前置きが長くなってしまった。つまり気分は秋、今年は存在が薄い季節になりそうだけど、秋といえば……ということで、パリの美術館に関する個人的なエッセイを書こうと思う。それはあくまで個人的であり、独断と偏見によるものだと断っておく。なぜなら、例えば1ヶ月もパリでふらふらしていたくせに、ルーブル美術館には一度も足を運ばず、一方オランジュリー美術館には何度も通ったりしたからである。ではまずは、パリの真ん中、セーヌ河畔に建つオルセー美術館から。

●オルセー美術館(Musee d'Orsay)
http://www.musee-orsay.fr

 印象派が好きな私としては欠かせない美術館である。ルーブル美術館の対岸にあり、外から見るとセーヌ川に面した大時計が印象的だ。20世紀のはじめに建設された駅舎を改修して美術館にしたというだけあって、アーチ状の天井や時代物のシャンデリアが歴史を感じさせる。
 館内をゆっくり回っても、2、3時間あれば大体堪能できるのではないか。上の階には感じのいいカフェテリアがあるので、カフェでも飲みながら疲れた足を休ませることもできる。ちょっとした食事も美味しかった。
 館内に戻って……、私の目当ては印象主義の絵画だ。
 ここではモネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンらの大作を観ることができる。私は美術評論家ではないので、所蔵されている作品をいちいち解説することはしないが、特に感動したのは、オーギュスト・ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』だった。それまで、実はルノワールはあまり好きではなかった。綺麗だけど退屈、平和過ぎて刺激がない……と思っていたのだ。
 ところが、実物を観たら目を離せなくなってしまった。退屈だなんてとんでもない。それまでの印象はすっかり変わってしまった。うまく文章に表すことが出来ないのだが、キャンバスに描かれているのは、純粋に“幸せ”だった。そしてそれは刺激的である必要はなくて、ゴッホのような激しい情念もなく、ただ日常そのものなのだ。その美しさにはため息をつくしかなかった。
 “幸せ”を実際に目で見ることが出来る稀有な場所なのである。

●オランジェリー美術館(Musee de l'Orangerie)
http://www.paris-tourism.com/museums/orangerie/index.html

 パリで一番好きな美術館だ。パリ旅行をしてきた人に聞くと、意外にもこの美術館に行ってないという人も多くて驚くのだが。モネの「睡蓮」がある、といえば皆うなづく。
 そう、ここには「睡蓮」を鑑賞するための専用の部屋があるのだ。通常の展示室から出て、階段を下りて行くと、その部屋がある。壁を360度取り囲むようにして、「睡蓮」が展示してあるのだ。
 そこはまるで「睡蓮」の小宇宙だ。
 部屋にはソファや椅子も置いてあるが、私は床にぺたりと座って観た。しばし時間を忘れさせてくれる場所である。
 モネの他にも、ユトリロ、マリー・ローランサン、ルソー、ピカソ、マチス……がある。例えばルノワールの『ピアノを弾く少女』は教科書でおなじみだ。ブランド好きの女性なら、ローランサンが描いたココ・シャネルの絵も興味深いかもしれない。
 小さい美術館なので、パンフレットに載らないことがあるのだろうか、ルーブルやオルセーに比べて、お客さんが少ない。その分、落ち着いてゆっくりと鑑賞することができる。外に出ると、そこはすぐチュイルリー公園になっているので余韻を楽しみながら散歩するのもいいかもしれない。
 ちなみに“I'M HERE”の山川健一編集長の仕事場に以前飾ってあった、「睡蓮」のポスターと同じものがここに売られていたのを発見した。
 私は別バージョンの「睡蓮」のポスターを買って、今も玄関に飾ってある。

●マルモッタン美術館(Musee Marmottan Monet)
http://www.marmottan.com/index.html

 ここも情報が少ないせいか、行ったことがあるという人は少ないようだ。モネが好きな人には本当におすすめなんだけど。美術史家ポール・マルモッタンの邸宅がそのまま美術館になったもので、ブーローニュの森に近い閑静な場所に建っている。
 展示されているのはマルモッタン自身のコレクションを中心に、様々なところから寄贈された印象派絵画の数々。特にクロード・モネの息子から寄贈されたモネ・コレクションには定評がある。
 私のお目当ては「印象・日の出」という絵だ。
 この作品がきっかけになり「印象派」という言葉が生まれた。いわば印象派の原点といわれる絵を、私は胸をドキドキさせながら何度も観た。
 散歩するのにちょうどいいような森の片隅に、何気なくこんな素敵な場所がある。そんなところが私がパリを好きな理由のひとつなのだ。
 ゆっくりと歩きながらブーローニュの森を抜ける。
 個人の邸宅がそのまま美術館になっているので、一見すると美術館のようには見えない。けっして広くなく、地下1階、2階だけと本当に小規模な美術館だ。けれどそれだけに中庭の木々が美しかったり、展示室の真ん中に巨大な椅子が置かれてゆっくり鑑賞できたり、大きな美術館にはない味わいがあるのが魅力的なのである。

●ピカソ美術館とロダン美術館
http://www.musee-rodin.fr/

 ピカソという画家は世界でも一番有名な画家なのかもしれないが、「ピカソのどこがいいの?」と言う人も多いくらい実はつかみどころのない画家であると思う。人間の顔を変な風に崩して描く変わった画家だという先入観をもっている人も少なくないのではないだろうか。
 けれどこのピカソ美術館では、ピカソの若い頃から晩年までの作品を観ることが出来るので、この巨大な画家の様々な面に触れることができるのだ。
 私は、赤の時代から青の時代にかけてのピカソが好きなのだが、その頃の作品もたくさん観ることができる。絵画だけではなくて中庭や地下室には、様々な彫刻作品も飾ってあって、なかなか可愛い。庭の片隅には椅子とテーブルが並べてあって、お茶を飲んだらなんとも気持ちよさそうである。
 この美術館は、パリの中でもシックな場所として知られているマレ地区にある。古い街並みはとても素敵なので、ウインドウショッピングをしながら散歩をするのもおすすめだ。

 それからロダン美術館。ここは、ロダンの彫刻なんか興味がないよ! なんて言う人にも、「絶対に後悔させないから行ってみて」と私がおすすめする場所だ。騙された気分で実際に出掛けた友人達には、大好評である。
 なぜなら庭園があまりにも素晴らしいからだ。
 建物はセーヌ左岸にあり、アンバリッドに隣接する瀟洒な邸宅がそのまま美術館になったものだ。所蔵作品には、あの有名な「考える人」や「ビクトル・ユゴー」、官能的な「接吻」などがあり、庭園には未完の大作「地獄門」が置かれている。
 ロシア大使館としても使用されたことのある美しい建物は、元は18世紀に建設された貴族の邸宅だった。その建物を見渡すように広がる緑あふれる庭は、本当に美しい。晴れた日の午後なら、この庭のカフェでお茶をするだけの為に訪れてもいいくらいだ。
 それから、所蔵作品の中にはロダンの恋人としても知られる彫刻家カミーユ・クローデルの作品もある。女性としてのカミーユ・クローデルの生き方は、しばしば書物や映画等でも取り上げられているが、私自身もとても興味がある。陽光あふれる庭を歩きながら、彼女の激しすぎる人生を想うのだった。

 パリには他にも、ポンピドー・センター(C. N. d'Art et de Culture G. Pompidou)やプチ・パレ(Museedu Petit Palais)等個性的な美術館がたくさんある。
 美術館を歩いていると、子供達の団体をよく見かけることがある。先生に連れられて、美術鑑賞をしているのだ。まだ小学生低学年の子供達も多い。一枚の絵画の前に座り、先生が何か説明をしたり、子供達の質問に答えたりしている。
 なんて恵まれた環境なんだろう。
 子供の頃から日常的に本物の美術に触れることができるのだから、文化や芸術に対する心の豊かさが自然と育っていくのだろうな、と思う。

 何度も足を運んだオランジェリー美術館では、ちょっとドラマチックな再会をしたことがある。友人と二人でヨーロッパ旅行をしたときのことだ。オランジェリー美術館の中で、学生時代のボーイフレンドにばったり会ったのである。彼はツアーコンダクターとして、おばさん達を数人引き連れて館内を歩いていた。ふいに目が合い、お互いに呆然としてしまった。別れてから8年くらい、東京に居ても一度も会うことはなかったのに、遠い異国のこんな場所で偶然出会うなんて、なんて不思議なんだろう。
 ……と、これがきっかけで彼と結婚でもしていたらとってもロマンチックなのかもしれないが、あいにくそんなことはなく、その日以来一度も会っていないのだった……。
 現実とはこんなものなのかもしれないな。

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