『真夏の夜の夢日記』

文章/佐藤朋子
  夏のある日、片付け物をしていたら、文具をいれている引き出しの奥の方から、くちゃくちゃになった紙片が出てきた。キティちゃん柄の小さなピンク色のメモ帳だった。何故かとても懐かしいという感情が沸き上がってきて、4枚重ねて折り畳まれていたそれをそっと開いてみる。
 そこには、何年か前に見た、とても印象的な「夢」が記されていた。

 一時期、フロイトの『夢判断』や、明恵の『明恵 夢に生きる』、エドガー・ケイシーの夢分析などに影響されて、夢日記をつけようとしたことがある。
 自分という人間の深層心理や、予知夢的なことに興味があったのだ。神秘や精神世界というフィールドにも興味を持ち始めた頃だ。

 枕元にノートと鉛筆を用意して、忘れないうちにすぐに書き留めようという意気込みだったが、何日経ってもこれがうまくいかなかった。夢は見るのだけれど、情けないことに、目覚めてすぐは寝惚けているせいで、鉛筆を手にとることさえ煩わしかったのだ。そして、だらだらと惰眠をむさぼっているうちに、すっかり忘れてしまう。その繰り返しで、ただの一つの夢もノートに記すことは出来なかった。

 そんな折り、ある人の話を聞いた。夢日記をつけるうちに、現実と夢の世界との区別がつかなくなってしまい、妄想に浸り、ついには発狂してしまったという男の人の話だ。私は怖くなってしまい、結局そのまま夢日記をつけることは諦めた。

 メモ帳に書かれた夢はだから、今までの私の生涯のうちで残った、たった一つの夢の足跡だ。それは、とても不可思議な夢だった……。

「舞台はパリの街らしい。モンマルトルの丘にある若かりしピカソのアトリエは<洗濯船>という安アパートだったけれど、私は<洗濯屋根の家>と呼ばれるコテージのような家に当時の恋人と一緒に住んでいる。そこへ、恋人の後輩のKが遊びに来て、私の足の毛を剃らせてくれと言う。3人でお風呂場で毛を剃ると、Kはそれを持ち帰ってしまった。

 私は新しい服に着替えて、パリの街に出る。恋人と腕を組んで街を歩いていると、いつのまにか恋人ではなく、小学校時代の親友・Nちゃんが隣にいる。私は帽子を被っている。二人でレストランに入る。それからNちゃんの知り合いのお店に行き、お茶を飲む。お店から出ると、お財布とティーポットを忘れてきたことに気付いて店に戻る。すると、水色のティーポットは割れていた。

(ここから、緊迫感のあるサスペンス調に……)
 外に出ると、仲間がクルマの中で待っている。どうやら警察に追われているようだ。私は必死にクルマに乗り、逃げる。
 クルマはいつのまにか森の方へと向かっていた。仲間はクルマを捨て、散り散りになって逃げ続けた。捕まる子もいた。

 私は一面に黄色い花が敷き詰められたお花畑の向こう側を目指して、ただ走る。花畑を越え、ふと気が付くと、もう警察は追ってこない。
 そしてそこには、別世界があったのだ。

 私は、以前にもその場所にいたことがあるという強い感情に襲われる。
 過去のどんな時代なのか、どこの国なのかは分からない。一枚の布地に折り目を入れてドレープにして紐でくくったような服を着ていた。
 私はそこで、<セリ>という名前だった。
 そこには姉がいて、その生活のなかで、様々な恋愛模様があったこと、そこで生まれてから死ぬまでの出来事、それらが一瞬のうちに頭の中を駆けめぐって消えていった」

 夢は、姉と私とそこの世界の住人の誰かと3人で貝をとっているところで途切れた。メモ帳には、実がふたつ入っている不思議な貝の絵まで描いてあった。

 目覚めた後、なんともいえない不思議な感情にとらわれたことを今でも強く覚えている。
 あぁ、このときの過去の私の人生をすべて覚えていて小説にでもしたら、売れただろうになぁ……。
 俗っぽくそんな風にも思った。
 後で調べたら、服装は古代ギリシャ人が身につけていた「ペプロス」という上衣に似ていることが分かった。

 この夢から何年後かに、私は雑誌の取材のために、いくつかの前世療法を体験することになる。前世の世界の扉を開くために、ヒーラーが被験者に語る中に、
「目の前に黄色いお花畑が見えます。あなたはその向こうにある過去の世界の扉を開ける……」という言葉を聞いたとき、私ははっとした。
 私は今でもこの夢は、私の過去世のうちの一つを表したものだと思っている。
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