『この歳になると……』

文章/石野みどり
 りにいる誰かの何気ないひとことが、ミョーにひっかかることがある。それは自分ではあまり口にしたことがない言葉だったり、あるいは考えにもおよばないくらいに意外な言葉だったり。「みどりさんて○○○だから」となにか決めつけるような言葉には、無意識のところで反発を感じたり、違和感を持ってみたり。
 他者がいるからいろんなことに気づくことができるわけだが、最近、わたしの心に何気なく居座っているのが、「この歳になると」という言葉である。

 そう、昨年の年末に《Cosmos Lab》の3人で行った対談で、tomokoさんが言った言葉だ。あの時は大して深く受けとめなかったが、なぜかあの後からずーっと気になって仕方がない。

 かつて彼女の言葉には、ミョーにツボにハマって未だに忘れられない言葉というものもあるのだが、(例えば一緒に原稿を書いていて、「トイレに行きたいけど、店の外のトイレは寒いからガマンする(笑)」などと、わたしには思いもよらないことを言ったりする)、それは彼女の素敵な個性である。
 しかし、今度は彼女の個性というよりは、誰にでも当てはまる言葉にドキっとしている自分がいる。

 「この歳になると……」

 わたしの好きな詩人にサミュエル・ウルマンの『青春』という詩がある。
 「青春とは人生のある期間ではなく、
 心の持ちかたを言う。
(略)
 青春とは臆病さを退ける勇気、
 安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
 ときには、20歳の成年より60歳の人に青春がある。
 年を重ねただけで人は老いない。
 理想を失うとき初めて老いる。
 歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
 苦痛・恐怖・失望により気力は地に這い精神は芥にある。 」
               (サミュエル・ウルマン著/『青春』一部抜粋)

 理想とする姿があるのなら、わたしはこの詩のごとくありたいと常に思っているのだが、それでも「この歳になると」、なんとなく肉体的な老いや体型のバランス、外見的な変化が微妙に気になってくる。
 そんなわたしが最近、特にハマっているのが『美味しい野菜』であり、ボリュームのある肉やこってりとした魚料理を避けるようになったのも、“この歳だから”という思いにいきついた。

 安全で美味しい野菜が食べたい、と心から思うようになったのは、昨年、農薬たっぷりの中国の野菜が畑で育つ様を映像で見たのがきっかけだった。農薬をたっぷりまかなければいい作物は育たない、という中国の農家の人の発想に怖さを感じた。
 映像の中の彼は、農薬をたっぷりまくのがジョーシキとさえ言った。
 当たり前、常識、という思い込みが、とても恐ろしくなった。

 そこでわたしは、安全な食べ物というものに関して、自分が今まで疑ってこなかった、考えることをサボっていたことをあらためてノートに書いてみた。
 オレンジやグレープフルーツを皮から剥くと、手のひらに何かがいっぱいつくのは、これは農薬? レモンティーに添えられるレモンを皮ごと入れることに躊躇するのはなんだろう?……と。

 それらの疑問をひとつひとつ丁寧にチェックすると、本当に自分自身が納得できる野菜は自分で作るしかない、という結論になるのだが、ナマケもののわたしにはそんなことは到底できない。土いじりもどちらかというとニガテなジャンルだ。
 ならば、とインターネットでいろいろな美味しい野菜、有機栽培野菜の、お試しセットを取り寄せてみた。

 ふぞろいの野菜たち、生協、大地を守る会……どれも似ているようでいて少しずつコンセプトが違う。不揃いの形でも安くて本当に味の濃い野菜や、泥つきのままで送られてくるもの、葉っぱのなかに虫がいるのも本来の姿だから、というものなどなど。いろいろ試してみた結果、わたしが今もっとも長続きしているのは、『ユニクロの野菜』だ。

 「ユニクロで野菜を売る」ことが発表になったとき、多くの人がピンとこなかったであろうが、わたしもその中の一人だった。衣服のイメージが強かったし、ユニクロのお店に野菜が並んでいる姿を思い浮かべてみたが、違和感が大きかった。

 しかし、である。実際はユニクロ100%出資の子会社が、インターネットで『SKIP』というブランド名で販売している。お試しの野菜を食べて本当に驚いてしまった。ひとつひとつの野菜のきめが細かく、どっしりしていて、どれも甘いのだ。
 売りは『永田農法』ということで、肥料や水を極力与えず、植物本来がもっている『生きる力』を最大限に引き出すために、じっくりと長い期間をかけて育てるのだそうだ。その分、収穫時期も遅くなるのだが、農作物自身が自分で完熟しようとする、という力にわたしは純粋に尊敬の念を覚えた。

 それって、水も肥料(栄養)ももらえないからこそ、自力で土の中から栄養分をとってきたり、自然の恵みである太陽の日射しや雨のありがたみを最大限に活かそうとしてることなんじゃないか。野菜って、エライんだなあ、と。

 届いた野菜はどれもおいしいのだが、なかでもわたしが感動したのは高糖度トマトと、じゃがいもである。自分の持てる力で最大限に完熟し、自立した野菜たちは、味が濃くて、そしてきめが細かい。こんな野菜たちを、朝・昼・晩の食卓はもちろん、おやつとしても食している。蒸かしただけのじゃがいや、トマト、きゅうりに、沖縄で買ってきた美味しい塩をかけるだけ。シンプルだけど、これがとても美味しい。

 この歳になると……。野菜の本当の美味しさがわかる。
 ひっかかっていた言葉は、周りを見渡すきっかけと、新しい発見を与えてくれた。

※参考サイト
SKIPhttp://www.e-skip.com/
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