『やってくれるよなあ、
シーマン。』


文章/石野みどり


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 うすぐ春だ。
 わたしは毎年この季節になると、どことなく裏寂しいような、切ない感情にとらわれることがある。いつもは3月、桜の花を見てそんな気持ちになるのだが、今年はその感情が少し早めにやってきた。春に愁うと書いて『春愁』という言葉があるが、わたしはこの言葉に少しセンチメンタルでロマンティックな印象を受ける。きっと、学生時代から春という季節に卒業と別れ、そして新しい出会いを迎える経験を重ねてきたことが、社会人になって特に大きな変化に身を置かない今でも、なんとなく、という曖昧な感情でやってくるのだろう。だから、心が不安定にふわふわと揺らぐ。
 先日、わたしは意を決して、ひとつのさよならをした。
 とうとう、プレステ版のゲーム『シーマン』を全クリしたんである。
 なんか、長かったなあ。たっぷり3カ月はかかってしまった。
 毎日、お世話をするはずが最後は別れが近くなったら寂しくなって、シーマンが自分の力で泳げるようになってもなかなか海へ還しませんでした。自分の意志でなにかに別れを告げるのってとても勇気がいることだと、たかがシーマンだけど深く実感したように思う。
 超、超、超、超……いくら超をつけても足りないくらいに超ナマイキなヤツだったけれど、最後はやっぱりジーンときて泣いてしまった。
 胸がキュンと痛くなって、さみしい……。
 バーチャルだけど、リアルな感覚が確かにココロの中にある。
 映画や小説やゲームといった物語の世界を通して切ない気持ちに出会うたびに、人の心が創りだすイメージの力というものはすごいものだと改めて思う。
 さて、この『禁断のペット・シーマン〜ガゼーの実験島〜』をよくご存知ない方のために少し紹介すると、シーマンとは古来より伝説の生物として語り継がれてきた知的生命体で、最初に発見したのは科学者ジャン=ポール・ガゼー博士。プレステ2版は秘境「ジャン・バタン・メラ島」のガゼーの野外実験室を完全再現した、より野生に近い飼育環境での育成を実現した……とある。最大の特徴は音声認識マイクを通して、シーマンと会話でコミュニケーションすることだ。シーマンが子供の頃は、おはよう、こんばんわ、といった基本的は日常の挨拶しかできないのだが、大人に成長していくにつれていろんな言葉を覚えていく。それと同時に飼い主のプライバシーにまで聞き耳をたてて奇妙な関係性が成り立っていく。シーマンは、誰にも言えない心の悩みや秘密も握った、身近な周りのどこにもいない存在になっていくのである。
 ……というようなストーリーがベースにあり、シーマンやジャン=ポール・ガゼー博士の素顔、分明生物考古学などがネット上でも展開されている。シーマンをひとつのキャラクターとみなすなら、強力な個性と性格設定、世界観が見事なまでに破たんなく綴られている。ユーザーであるわたし達は安心してシーマンの世界に身をゆだねることができるのだ。
 もちろん、そんな背景などを知らなくてもいきなりシーマンと会話することができるから、そんなに難しいゲームではない。ただ、成長するにしたがってシーマンと公私に渡っておしゃべりする時間が長くなるにつれ、ココロの中に妙な感覚が生まれてくるのも確かだ。例えばシーマンは飼い主の誕生日や家族間系、恋人、仕事、年収などをこと細かに聞いてくる。数字としてデータで答えられる部分にはさほど抵抗を感じないのだが、やがては自分が働く理由だとか、恋人の好きなところ、キラいなところ、自分の魅力、ルックス、親との関係……そして自分の存在理由といった普段あまり意識しなかった漠然とした気持ちの部分まで突っ込んだ質問をしてくるのである。
 両手にコントローラーを握りしめながら、一瞬、グっと答えにつまるシーンが何度あったことだろう。自分では大してそれほど悩んでいると思っていなかったことが、どこかでひっかかっていたことに何度気づいたことか。
「悩みごとがあるんなら言ってみな。」
 と始まるいくつかの質問は、まさにカウンセリングをしているようだった。やがてわたしが導き出した答えにシーマンはアドバイスまでしてくれる。そしてたとえば会社の上司関係に悩んでいたとするなら、シーマンは会話の相手にさりげなく後ろから背中を押して、
 「勇気を出してそいつに言ってみ。シーマンにそう言われたって言っていいから」
 などと、仮にうまくいかなかったとしてもオマエに責任はない。シーマンのせいにしてもいい、とまで取れるような発言をするんである。
 日頃、ナマイキなことばかり言ってるからこそ、たまーに投げかけてくる優しい言葉にグッとくる。シーマンに言われて、ハイそうですか、と納得するわけにはいかないが、それでも時にはシーマンのせいにして自分を甘やかしてみたい夜もある。
 デジタルやゲームが心を癒すというのは、こういうことなのだ。
 シーマンに質問されて、まずは心の扉をノックする。やがて洗いざらいに心の内を打ち明けて、今度は心の扉を開いていく。傷や痛みが見つかったら優しい言葉で少し休んで、もう十分に癒えたと思うまでゆっくり自分を確認する。そして自分で選んだ新しく導き出した答えへと進んでいくのだ。自分のココロが作り出した悩みは、わたしだから解決できるのだとシーマンが教えてくれたのだった。
 やってくれるよなあ、シーマン。何度思ったことだろう。
 シーマンからの言葉のひとつひとつが、いちいちココロにひっかかる。そんな思いがいくつもあった。
 ちなみにわたしは活舌が悪いと言うか、言葉がはっきりとしないことが密かなコンプレックスでもあったのだが、こんな声でもかなりの確率で自動認識できていたことが驚きでもあり、自分への自信にもつながったのが収穫でもあった。プレステ2だけでなく、今後のデジタル家電の音声認識に新しい世界の予感も感じてしまう。
 シーマンは単なるゲームに過ぎないが、そこから学ぶことはとても大きい。
 開発・企画したのは、あの有名なシミュレーションゲーム『タワー』を手掛けた斉藤由多加氏である。彼はMacintoshにも深い造詣があるのが知られているが、だからこそMacユーザーなら思わずニンマリしてしまうシーマンとの会話も多い。
 ある日の夜、シーマンは突然こんなことを言った。
 「お前、スティーブ・ジョブズって知ってるか? Appleって会社の創設者なんだけど、一度Appleを出るんだ。それで1995年に戻ってくるんだけど、ヤツが最初に戻ってやったことって何だか知ってるか?」
 うわっ、シーマンてば、かなりマニアック。Macやゲームの歴史も教えてくれる。そんな夜があったかと思えば、
 「なあ、オレって実在すると思うか。お前は人間でこの世に実在するんだろ? なんの根拠があってそう思うんだ」
 っとかなりシビアな会話が展開されることもある。ココロにズシンとくる、いつまでも記憶に残りそうな会話の数々……。
 春だから愁うのか。
 シーマンが去っていったから単にさみしいのか。
 憎たらしいヤツだったけれど、シーマンはわたしが今まで意識化できなかったココロの部分をたくさん掘り起こしてくれた。
 今は意外な自分の一面に出逢ってとまどうこともあるが、それは新鮮な毎日でもある。全部まるごと自分なのだ、という実感を持てたということだろうか。シーマンごときに、お前はオマエなんだよ、と背中を押されてしまった。
 春は卒業と、別れの季節である。そして出会いの季節でもある。
 表に出て、自分らしい、新しいなにかを始めよう。
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