『できることと、
できないこと。』


文章/石野みどり
 年届いた年賀状をまとめて読んで、なんとなく違和感を抱いた。
 なんとなく……という、言語化できていないあいまいな感覚が、どうにも気にな る。この1ケ月はずっと心の隅に『年賀状』というものが、魚の小骨のように小さく 刺さっていた。
 そして今日、とある感覚にぶつかった。
 今年いただいた年賀状には、「2002年は○○○な年にしたいです!」といった言葉 がほとんど見つからない。そのことが、どうにも気にかかったのだった。
 それは今年のモットーのような漠然としたものでも、独立、結婚といった具体的も ものでもなんでもいい。友達と1年に1度年賀状を交わすだけの関係であっても、近 況を報告しあい、互いにエールを送りたい……。おおっ、彼女も頑張ってるのね、と わたしの感情を鼓舞するメッセージに出会うことを、心のどこかで求めていた。
 少なくとも去年までの年賀状にはワクワクとした覇気をが感じられた。
 けれど、今年はそれがない。
 その理由は、わたし自身のことに思いをめぐらせれば答えは明白である。
 今もまだ、戦争は続いている。
 アフガニスタンの復興支援対策会議がおこなわれ、45億ドルもの資金が集まること になったからといって、すべての問題が解決されたわけではない。アメリカの同時多 発テロ事件を機に、世界の人々はこの問題が抱える大きさや罪や深い絶望感といった ものを知ってしまったのだと思う。個人の力では抗しきれない絶対的な神というも のの存在や、正義という名を振りかざすことの愚かさを。
 わたしは今回のことで、自分がいかに知らなかったかということを思い知らされ た。今なら、ソクラテスの言葉を借りて言うなら『知らないということを知ってい る』と自覚したということだろうか。
 年賀状を送ってくれた友人たちが、ノーテンキに夢や理想を掲げなかったのはむし ろまともな感覚なんだろう。

 前回お届けしたわたしの『きれいなもの−手の届かないもの−永遠のもの』のエッ セイに、こんな感想を寄せてくれた人がいた。
 「私は最近「マジェンダ」と言う色が気になってました。私の中で何となくなんだ けど「今の世の中に必要な色なんじゃないかな?」と言う密かな思いがあったので す。確かに今の世の中、一人一人があえて「苦い思い」をする事が大切なのかもしれ ないけど、それだけでは何処か表面的で、そこをもう少し掘り下げて考えて行く時期 が来ていると思っていました。「私達も戦争が始まってスグの時のままではいけな い。戦争が相変わらず続いている今、以前とは違うレベルに気付かなくてはいけな い」。 マジェンダの意味は「日常の中の小さな物事を慈しむ心」です。「見えざる 色」とも言われ、実際のマジェンダと言う色は人間の肉眼では見えない(見えにく い)色だそうです。日々日常に身を置いていると、この日常の有難さを忘れがちだけ ど、今は日常を慈しむことをそれぞれが様々なレベルで(思考、感情、身体)感じる 時が来ている。「非日常」を感じる必要も時にあるのかもしれないなー。そんなこと を考えました」(Kさん)。
 日常を慈しむことと非日常を感じること−。素敵な言葉をありがとう。
 このメールを読んで、わたしが年賀状から感じた空気、気分といったあいまいなも ののカケラが見つかったような気がする。事件の癒しの過程でわたし達は、もうそろ そろ慈しむことを学ぶときに来ているのかもしれないね。

 わたしの最近のテーマは、できることとできないことを明確にすることである。
 正月にテレビを見ていて漠然とした怒りを覚えたのは、大食いを競う番組だった。 わざわざ特番で、しかも3大ネットワークが同じ時間帯に大食いバトルを放映してい た。チャンネルを回したときにたまたま目に飛び込んできたのだが、大食いはそんな に視聴率がとれるんだろうか。
 少なくともわたし達は今、アフガニスタンの状況を知っている。そんなときに狂っ たように食べ物を体内に押し込める様を放映するなんて、テレビ番組はまともな感性 じゃ作れないんだろうな、とさえ思う。
 翌日、友達と電話で大食いの話題になり、モヤモヤとした怒りを口にした。すると 彼女がひとこと、
 「でも、番組を見ないことはできるよ」と言ったのだった。
 そうか、それはテレビというものに対するささやかなレジスタンスだ。小さいけれ ども確実に効きめのある抵抗だ。わたしにできることは、ここまで。
 食事は、自分に必要な量だけ、おいしくいただきたけることに最大の敬意を払お う。
 未だにビン・ラディンを探して攻撃を続けるアメリカにも、テロを生んでしまった 背景にも、ひとつの神をめぐって戦いの火が消えないイスラエルにも、漠然とした大 きな不安や怒りを感じる。
 けれど、ささやかだけれどわたしにできることは、必ずあるはずだと思う。ブッ シュ大統領に直談判して今すぐ考えを改めさせることはできそうにないが、食べ物を 粗末に扱わないことはできる。日常を慈しむことを学ぶこともできる。
 できることから始めていこう。
 アフガニスタンの復興支援会議議長を務めた緒方貞子氏の言葉が印象に残ってい る。
 −−−「難民を無視できるほど、世界はばらばらではない」。
 世界とつながる努力は、今のわたしにはできる。
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