『スローとフルスピードの狭間で揺らぐ』

文章/石野みどり
 のところわたしの発想のベースにあったのは、スローフード、オーガニック、自然素材であった。美味しい野菜に目覚め、美しく洗練された身体づくりを目指していたら、今まで無意識に「いいな。」と思っていたものが、今はまさしく必然、といった感じなのだ。わたしが今、欲しているものは、心からほっとする食べ物だったり、身体の細胞がリラックスできていると感じる潤いだったり、ジョギングやウオーキングをしているときに感じる心地のいい風や空の青の表情であった。

 ほどよく力の抜けた身体の感覚。自分がムリをしていないなあ、と思える安心感。東京の都会のなかでもちょっとした工夫で、心地のよい自然は感じられるのだと発見してなんだかうれしいな、と感じていた。6月は久しぶりに沖縄に行ったので、今まで幾度となく訪れて感じた様々なものが、自分のなかで繰り返しリピートされていたのかもしれない。

 そんな流れに身を置きながら、久しぶりにAppleのWWDC基調講演の上映会に足を運んだ。国際フォーラムC会場は、コアなアップルユーザーの熱気で溢れていた。改めて見渡してみると、全体の97%くらいは男性ではなかったろうか。OSの開発者会議の上映会というのは、MacWorldEXPO以上にはるかに“濃い”人達の集まりであった。

 今回のWWDCの発表会における最大の目玉は、なんといっても『Power Mac G5』だ。“世界最速のパーソナルコンピュータ”であり、なおかつ“パーソナルコンピュータとしては初めての64ビットプロセッサを搭載”している。最速スピードはデュアル2GHz! 詳しいスペックはアップルのホームページをご覧いただくとして、わたしは次々と展開されるスティーブ・ジョブズのデモンストレーションに、くらくらしてしまった。AdobePhotoshopの処理スピード、3Dアニメのレンダリングの速さ、演算処理能力の高さ……。
 それは、“スロー”なライフスタイルを身に纏っていたわたしにとって、振り子が180℃揺さぶられた衝撃であった。デジタルの世界は今もなお眠ることなく、最高、最速を追い求めているのだということに、改めて気づかされた。

 Mac OS Xの時期、開発コードネーム『Panther』も大幅に改良が加えられている。アップルの最高責任者であるジョブズは「ジャガーの時代は終わった。アップルの提供するMacOS Xは、世界でもっとも人気のあるUNIXなのです!」と誇らし気に語った。『Panther』は、ジャガーの良い部分を継承しながらも、『New Finder』である、と幾度となく強調した。
 デモを見た印象としては、「Finderが3Dのように立体的に回ったり、必要な書類がすぐに飛び出す絵本のように出てきたり、まるで、マックのモニタ自体がおもちゃ箱のよう」。FInder画面が飛んだり跳ねたりグルグル回ったりすること自体になんの価値があるのかよくわからないが、でも、使いたくなる。触るたびに楽しくて、ワクワクする。子供は絶対、今のWindowsよりマックを使いたいと言うだろう。

 上映会のスクリーンには、途中、幾度となく会場に集まっていた開発者たちの姿が映し出されていた。サンフランシスコの会場は異様に盛り上がり、東京・国際フォーラムも熱い拍手や歓声が沸き起こる。どの男性の表情も、まるで新しいおもちゃを前に目を輝かせている子供のようである。
 世界中の人々がイラク戦争で傷つき、方向性を見失っているかのように見えるこんな時代にも、まだ、ときめくようなことがあったのか、と今さらながらに思う。

 新しく発表になったiSigthは、iChat AVと連動した素晴らしいデジタルカメラだ。コンピュータにつないでカメラを電源につなぐだけで、ビデオチャットができるのである。ブロードバンド時代に即した新しいコミュニケーションの形であり、これで世界中の人と電話代をまったく気にすることなく相手の顔を見ながら話ができる。
 プレゼンではこの使い道として、会社のビデオ会議や、離れている家族や恋人に国内、海外問わずプロバイダ料金だけで話ができることをウリにしていた。

 けれど、わたしはジョブズのいつもと変わらない、黒いシャツとブルージーンズ、スニーカー姿を見てふと思ったのである。彼は未だにヒッピーのLove & Peaceのスピリットを心に内包し続けているに違いない。そうでなければ、わざわざiTunes4のイメージビデオで、『アルジャジーラテレビでもiPodは大人気!』として、ビン・ラディンのそっくりさんが音楽を聴いて踊っている映像を流すことはないだろう。

 このiSigthはとiChat AVがあれば、公共の電波では流すことのできない映像も自由に配信することができる。つまり、今回のイラク戦争でおこなわれたテレビ、新聞などのメディアの情報操作も、規制が難しいインターネットの世界では完全なコントロールはできなかったように、これからは個人が映像つきで、本当の事実について伝えあうことができる。
 これこそが、インターネット文化を創りあげてきたヒッピーたちの、描きたかった世界ではないだろうか。

   会場に集まった開発者たちの表情は、二時間以上にも及ぶジョブズのプレゼンに酔い、そしてとても楽しそうだった。アップルのカルチャーを愛している彼らは、久しぶりに姿を見せたジョブズのビジョンに魅せられ、元気を取り戻したのだと感じた。
 語り継がれる文化というものは、こうして人から人に伝えられていくのだろう。
 どんな時代にあっても、スティーブ・ジョブズは気品に満ちた最高のマシンを作り出すことへの情熱を未だに捨てていなし、彼にとってもはやそれが使命であると感じているのではないだろうか。

 わたしも、久しぶりに見たジョブズが描き出すビジョンにすっかり刺激を受けてしまった。
 スローと対極の位置にあるフルスピードのデジタルの世界にも、魅力的なアップルのカルチャーがある。しばらくは、そんな両者の狭間でゆらゆらとバランスを保ちながら揺れていることにしよう。
▼CosmosLab TOP
Photograph (c) Marimi HORIMOTO All Rights Reserved.
Copyright 2000-2003 Headrok Inc.