『5年めの春』

文章/石野みどり
 年前からこの時期になると精神的にも肉体的にもバランスが崩れ、心もとない不安定な状態を感じるようになった。理由はわたしの中には明確で、気持ちの整理もついているのだからと意識の部分で自分に言い聞かせても、どうしようもない苛立ちや哀しみが微妙にわたしにつきまとうのだ。
 hideさんの死から、5年めの春。わたしはあの日、築地本願寺で誓った自分自身への約束を果たせているだろうかと問いかける。

 今年は都合でお墓参りにも行けず、ただ、その日はhideさんのホームページを見るともなくぼんやり見ていた。掲示板には山ほどの書き込みの数々……。わたしよりはるかに年下であろうファンの子たちの発言に、優しさと勇気の大切さを学ぶ。

 hideさんが亡くなってから彼の音楽を聴きはじめた、というファンの書き込みも増えていた。こうして時は流れ、けれど決して風化されない彼の創りだした音たちだけは、今もリアルにこの世の中に存在する。HMVにもTowerRecordにも、いまだにhideの場所は消えてなくならない。毎年、何千万枚というCDが生まれていくなかで、それでもhideのコーナーは確保され続けている。

 5月に入って、時折、夢にシーラカンスが出てくるようになった。紀元前4000年前の幻の生き物とされる、あの不思議な生物だ。その風貌は見ていてかわいらしいものでもなく、どちらかというと無気味ですらある。
 ただでさえ不安定な精神状態のときに、シーラカンスというのはあまり気持ちのいいものではない。励まされるようなものでもないしな。なんだろう、と気にはなっていた。

 やがてそれは、とある飲み会で判明する。hideさんの事務所のデスクだった女性と、MacPeople編集部に在籍していたときに一緒に働いていたアシスタントの女の子と久しぶりに再会した。彼女達はまだ音楽業界で働いていて、相変わらずお目当てのバンドを見に、九州や京都のライブに通ったり、最近では韓国のバンドに夢中になってしまい、彼らの言葉を理解したいために韓国語を勉強中なのだという。

 かくいう「石野さんは?」と聞かれ、ローリング・ストーンズの東京・横浜公演は全部行ったよとか、アルフィーのライブを見に浜松まで行ってね、などという近況で、互いに変わらないことに安堵しあった。

 そのときにふとわたしのアシスタントをしてくれていた彼女が言うのだ。
「最近、シーラカンスの夢、見たんですよ。懐かしいでしょう?」
 彼女の言葉でようやく思い出したのだが、MacPeople編集部で使っていたPowerMac8500の隣で、確かにわたしはシーラカンスを育てていたのだ。
「編集部には電磁波いっぱいあるから、巨大な生き物が誕生したらどうしよう、なんて、石野さんはマジでビビりながら育ててたじゃないですか」

 ……。記憶とは恐ろしい。そんなこと無意識の部分にすっかり抑圧していた。なぜ、それが今なのかと言えば、当時東急ハンズで売っていた『シーラカンス飼育キッド』(正確には“トリオップス”という名前であった)などというものをプレゼントしてくれたのが、hideさんであったのだ。

 Macのモニタの横でどんどん無気味に成長していくシーラカンスを横目でみながら、MacPeopleの原稿を書いていたあの頃。「育てるのがイヤだ」とマネージャー氏に言ったら、「そんなこと言うと、hideにフォークで左手刺されちゃいますよ(笑)」ともちろんジョークなのだが、結構、マジでやっちゃいそうな感じというのもあって、大きなメーワク好意につきあった。

 ファンの女の子が病院のベッドで『たまごっち』を欲しがっている、という話を聞き、hideさんの依頼でたまごっち騒動のさなか、アシスタントを走らせたこともある。

 久しぶりに彼女達とお腹が痛くなるまでhideさんの話しで笑った。無意識の記憶の奥底に眠らせていた他愛のない日々は、わたしと彼女達とそしてhideさんが確かにそこに存在していたことの証しだった。
 5年前に亡くなってから、今はもう、お酒を飲みながら、笑って話ができることに、泣きたくなった。

 いつの日か、5月になっても揺らぐことなくただ笑っていられるときがくるのだろうか。不安定で突然、泣き出したくなったり、叫びたくなったり。大きな怒りや、狂ってしまいたくなるほどの持て余したエネルギーを、わたしはこの5月、ずっと抱えていた。もしかしたらhideさんのことだけではないのかもしれないけれど。

 あの日、築地本願寺で誓った自分自身への約束を果たせているだろうか。
 そう問いかけずにはいられない、5年めの春−−−。
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