『初めてのロングブーツ』

文章/石野みどり
 約1ケ月半の沖縄滞在から東京へ帰った。そこには1ケ月半まで確かにわたしがいた家や、仲間や、景色、空間があった。けれどどことなく馴染めない、ぎこちなさがつきまとう。見なれたはずの風景をとても新鮮に感じているこの頃だ。

 沖縄から戻ってきてまず最初に体感として驚いたのが、『寒い!!』であった。
 沖縄では、前日まで石垣島の塩工場にあるタラソテラピーのプールに入れるぐらいに暑かった。屋外でTシャツと短パンでプールに入り、最後に水のシャワーを浴びるのが最高に気持ちがよかった。

 それが、である。東京ではいきなりコートにマフラー姿の生活だ。広がり切った身体中の細胞が、一気にギュッっと縮みあがる感じ。外に出ると、全身に力が入っている感覚が常にある。なんだかそれが、とても懐かしいような気がした。
 沖縄滞在中は開放感がいっぱいで、久しく体中が緊張する感じを忘れていた。

 あまりに寒いので急いでセーターなどを着ようとクローゼットを開けると、そこには1ケ月半前の夏物の洋服がズラリ。沖縄から戻ってきてたまっていた郵便物や、荷物や、そしてそのままにしていた仕事が山のようにあったのだが、まずは少々やっかいな衣替えから手をつけることになろうとは。予想だにしなかった。盲点だった。

 そして、いざ。冬物のセーターやらコートを引っ張りだしてくる。
 んー? 何かがヘンだ。今、掃きたいスカートと、そして靴が1足もない。どこの棚に入れてたんだっけ?

 衣替えのたびに「去年のわたしは何を着ていたんだろう。今、着たい洋服がなーい!」と大騒ぎするのは常なのだが、それは単純に去年の自分と、今の自分の好みが時間の流れのなかで変わっただけのことである。1年という時のなかで成長したのか、周りに影響を受けて何かが変わったのかわからないが、何かが変わったから今、着たい服がないのである。

 しかし、今回ばかりは様子がヘンだ。なぜ、靴やスカートがなにもないんだろう。しばらくぼんやり去年の今頃の自分というものに、思いを馳せてみる。そして、その理由にいきあたると、しばらくその場所を動けなくなった。いろいろな思いが溢れてきて、涙がとまらなくなったのだ。

 去年の今頃も、ずっとその前も身体が冷えるこの冬にヒールの靴を掃いた記憶は久しくない。ブーツなんてもってのほかだ。わたしにぴったり合うサイズがない(20センチなのだ)ということもあるけれど、それ以前にブーツやヒールを掃く勇気がなかったのだ。

 いつからだろうか。冬になるとなんとなく膝から下のしびれを感じるようになり、1〜2年前からは杖をついて歩くようになった。階段は手すりをもたないと転がり落ちそうで歩けない。大学病院に入院し、検査の結果、診断されたのは頚椎に小さな傷があることが原因らしい、ことがわかった。

 「傷が大きくなる可能性はあります。だから定期的に病院に通うこと。そしてしびれを緩和する薬を毎日飲むこと。絶対に転ばないこと。転んだら車椅子生活になることも想定してください」

 なんだか無茶苦茶な言われようだった。素直なわたしは大人しく医師のいうことを聞こうと努めた。車椅子生活になるのは怖かったし、傷が大きくなったらどうなっちゃうんだろう……。不安や恐怖ばかりがどんどん膨らんで、ますます歩けなくなった。靴は底の厚いスニーカーしか、怖くて履けなかった。

 今思うと、この医師にものすごくネガティブな暗示の言葉を浴びせられたのがわかる。『絶対に○○しないこと』なんて、これから先、未来に続く時間のなかであり得るんだろうか。薬を飲まなかったらどんどん傷が大きくなって、そして転んだら本当に車椅子生活になるのだろうか。その可能性は100%なのだろうか。

 悩んでいる渦中にはわからなかったことが、目線を高く、広い視野で物事を捉えてみると見えなかったことにも気づいてくる。そして、そのときに何がいちばん歩けないとさせている要因なのか、そんなことにも気づいてくる。
 病気になったら病院に行き、薬を飲めば治るものだと思っていたこと。病気は医者が治してくれるものだ、と依存していた。病気は自分が治すんだ、という明確な意志がそこにはなかった。

 そのことに気づいてから西洋医学だけではなく東洋医学も視野に入れるようになった。自然の恵みに感謝し、自然の流れにそって自分の身体の奥底に眠っている治癒力を信じてみようと思った。気功や整体、カイロプラクティック、針治療、ヨガ、カウンセリング、催眠、そして前世療法……。やれるものはなんでも試してみた。
 自分の身体を、医師という他人だけにまかせてはいられない、と思った。
 その結果、今では薬も飲まなければ病院にも通っていないが、いつのまにか足のしびれを感じないようになり、そして去年の今頃には杖をついていた事実さえ忘れてしまえるようになったのだ。

 沖縄では精力的に足を使って取材して歩いた。自動車の免許も取得できた。
 1年前のわたしには予想もできなかったことが、今、できている。
 冬の初めに、ロングブーツとショートブーツを買った。ブーツがこんなにも温かいものだということを初めて知った。

 沖縄にくらべたら東京ははるかに寒い。戻るのがいやだなー、コートを着るなんて、とも思ったこともある。けれど今は冬の寒さが心地いい。ブーツとスカート姿でクリスマスのイルミネーションがきらめく街のなかを歩けることは、ささやかだけれどじんわりと心を温かくしてくれる。
 寒い、東京に戻ってきた。
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