『Coccoの歌が届いた日。』

文章/石野みどり
 Coccoが復活した。
 そのニュースをネットで知ったとき、わたしはそれほど驚かなかった。
 2年前に突如、引退宣言をしたときの最期のインタビュー記事を読んで、こんなに歌が好きな彼女が歌うことを辞められるはずがない、と思ったのだ。
 歌うことの形を変えて、きっといつか戻ってくるだろう−。わたしの中で、そんな思いがどこかにあった。
 だって、彼女は「歌が枯渇して辞めるのではない。逆に彼女の中で歌は、どんどん溢れ出して止まらなくなり、すのスピードに追いつけなくなって辞める」のだと言っていたのだから。
 生まれた歌たちを、楽器の弾けない彼女はバンドのメンバーにイメージで伝える。奏でてくれるミュージシャンたちの力を借りて、CDというパッケージにする。その形を作る作業の間にも新しい歌は次々に生まれて、「今」みんなの前でこの歌を歌いたい」という強い思いとの時差に、疲れてしまったのだといっていた。
 それほどまでに、Coccoは自分の中から溢れてくる歌たちを、激しいまでに愛していた。

 Cocco復活のニュースは、TBS『ニュース23』で特集として全国放送された。わたしはあいにくその日を見逃したのだが、琉球放送という沖縄限定のテレビ局で放映された『情報コンビニ龍の髭』を沖縄在住の友達に録画してもらい、約40分の大特集を見た。
 そこには、引退してからのCoccoの歌に対する強い思いと、そして沖縄への深く、激しい愛が綴られていた。番組に出演している琉球放送のアナウンサー二人が、放送終了後には涙が溢れだして言葉がしばらく出てこない、というほどのドキュメンタリーだった。Coccoが歌に込めた強い思いは、リアルな沖縄の姿そのものだと感じた。

 Coccoの歌は、いつも沖縄への大きな愛に溢れている。沖縄独特の言葉を曲のタイトルや歌詞に選び、インタビューの記事のどれを読んでも必ず沖縄のことを口にする。沖縄が抱えるさまざまな問題、それは米軍基地が日常生活にあること、おばぁ達が体験した沖縄での戦争、アメリカの統治下にあった沖縄が本土(日本)に復帰して、そこに暮らしている人たちが何を感じ何を悟ったのか、消えていく琉球時代の文化……。
東京で歌手として生活していても、彼女はいつも沖縄とともにあった。

 そんな彼女が歌手を辞めて沖縄に帰ったとき、生まれ育ったきれいな海がゴミでいっぱいだったことに激しいショックを受けたのだという。沖縄を離れていたからそう思うのか、あるいは、小さい頃にはしゃぎ泳いだ記憶の中の海がとびきりきれいだったのか。琉球放送に宛てた手紙の中で、彼女はこう綴っている。

 沖縄様。
 (中略)

 足元にゴミがあったから
 私はそれを拾いました。

 もしも愛する人が倒れていたら
 抱き起こすという行為に
 何の理由もいらないように

 私が愛する沖縄に散らばったゴミを
 拾い続けました

 結果、Coccoは一人でゴミ拾いを続け、拾っている横で散らかしていく人達がいることに、一向に減らないゴミや、死んでしまった珊瑚に絶望し、あきらめ、その間に戦争が起こり、悲しい出来事も山盛りで、それでもあきらめきれずに、やるべきことがある気がして、ひとつのイベントを起こすことにした。
 それが、「ゴミゼロ大作戦 Vol.0 正しい海への道のり〜ラブレンジャー参上!〜『もしも歌が届いたら 海のゴミを拾ってね』」と題し、Cocco自身が自分の手で立ち上げたのだ。

 彼女自身が自ら足を運び、教育委員会、沖縄の学校中に手紙を配り、イベントのボランティア協力やゴミを拾ってほしいというメッセージを呼びかけた。イベントの会場には母校である那覇中学校の校庭を借り、那覇高校の吹奏楽部、アメラジアンスクール(両親がアメリカ人やアジア人の子供が通う学校)、沖縄県内の中学、高校、大学の生徒など総勢200名余りの人数を集め、たった1曲の演奏をしたのだ。
 それがCoccoが海のゴミを拾っていたときに歌っていたという『Heaven's hell』である。

 沖縄中をCoccoは走り回り、協力してくれる人や演奏してくれる人を集め、チケットも何もかもがすべて手作りで作り上げたというこのイベントに集まったのは、抽選で選ばれた2000人の観客だった。
 わずか10分だけの復活。だからこそ1曲に込めた思いは深く、わたしはテレビの前で身体中が熱くなるのを感じた。歌は確かにわたしの胸に、しっかりと届いたのだと思った。

 番組の中で印象に残ったのは、彼女のこんな言葉だった。
「知事が変わっても、アメリカの基地はなくならない。海の珊瑚を破壊する開発だってどんどん進むけど、私ひとりが開発反対!と運動しても、すぐには開発は辞めない。具体的にできることって言ったらゴミを拾うことくらい。でもゴミを拾うことならできる」
 戦争で互いに人を殺しあったり、住んでいる地球や自然を壊したりする行為に傷ついているのは、決してCoccoだけではないだろう。
 勝手に傷つき、上手にあきらめたりしなくても、具体的にできることをすることで人は自分の傷ついた心を癒し、支え、強く生きていくことができるのだ。
 彼女が歌に込めたメッセージに、深い感情が沸き上がってくるのを感じた。
 2003年8月15日。終戦記念日に沖縄から届いたひとつの歌−。

▼Coccoオフィシャル・ホームページ
http://www.cocco.co.jp/
▼琉球放送『情報コンビニ龍の髭』
http://www.ryunohige.net/
▼CosmosLab TOP
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