2004年6月25日 エビヌマタイスケ

......To all the weekend lovers
それは、ある日音もなく、唐突に目の前にあらわれる。
"好き"だとか"愛してる"だとか
愛情表現の常套句を、ひとかけらも 発語しなくっても、
それは、周囲に十二分に伝わるほどの存在感をまきちらしながら
"心より態度で示そうよ!"って日本人が一番苦手なことだったりするし
"以心伝心"なんて欧米圏のひとたちにしてみたら、"???"なのかもわかんないけど
そんな都合のいい国境線なんて霞んで消えちゃうぐらいの
時を越える、奇蹟のようなひととき、を垣間見せてくれるのさ。
でも ご多聞に漏れずに
ソイツは
物理的に顔を始終突き合わせているだけでは、物足りなくなる。
もっと高次な地点に、辿り着きたくなる
ただ、そこに辿り着いた人たちは、たくさんいるはずなのだけれど、
不思議と、多くを語ろうとしない。
他人から教わるより、自分で見つけだすことで、愛の深化に気付く、ということを
無言のうちに教えさとしたいのかもしれない
誰だって、夜になって、一人になれば、
世界で一番大切な人のことを思い浮かべるだろう。
たまたまその時の二人の状態を定義した言葉が、
同棲とか
ヒモだとか
婚約だとか
結婚だとか
離婚だとか
不倫だとか
不自由な二文字言葉で、くくられてるだけに過ぎない。
もともと自由なものを、コントロールしようとするから、しくじるんであって
愛する事って難しいし
愛される事って疲れる
他人の噂話を通してしか愛情表現できない彼女とか
反語表現で思いを伝えることが得意なアイツとか
自分がどう思われているかということに囚われて 肝心の自分の気持ちを見失ってる誰かとか
世間体という名のロクデナシに 片足を引っ張られているあの人とか
(以下は また 別の機会に)
それは隣の彼女かも知れないし
まだ想像もつかない誰かもしれないし
あいにく信頼残高をきらしてしまってる、彼なのかも知れない
誰もが誰かを必要としているんだ
限りなく自分のありのままを受け入れてくれる誰かを
いまこの瞬間、どうなの?っていう誰かからの問いかけに対して
お れ は こ こ に い る! って
いくつになっても
いつでも限りなく正直に表明できる自分でいたいってことさ
そうだろ?


今月の一枚
The Hi-Lows"64,928~キャサティ・キャサティ"
HI-LOWS.jpg ギタリストで、ソングライターの真島昌利の
常に孤独を背負い込んでしまうような感覚が好きだ。
世間体の良い生活を想う自分もいれば、
ニール・キャサティのように
路上に埋まる自分を想像してニヤついたりもする。
キースリチャーズ語録(笑)の
"人間、一皮剥けばみんな髑髏だ"の精神だけ受け継ぎたい
俺は俺として死にたい!
いや、死にたくない。"BORN TO DIE"?
あ、そうだよ、"TOO LATE TO DIE,BABY WE 'RE BORN TO RUN!"だ!(Ebi&HiRO)

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