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君に会いにゆく VOL.1  石川正己
        

 はじめに

 みなさん、こんにちは。山川編集長が、昨年のパーティーのときI'M HEREはおれんちみたいな感じだといっていましたが、I'M HEREを一軒の家だとするとこのページはぼくの部屋のようなページです。
 これから、ぼくが興味を持っている神秘的なお話をしていこうと思っています。  ぼくにとっては、山川編集長が1999年に書かれた「オーラが見える毎日」が愛読書の一冊なんだけど、ぼくも実際に自分流でオーラ・レッスンをやってみて、それをレポートしてみようと思います。それと禅のお話などもします。
 それから、そのうちに水のレポートもしたいと思います。 普段何気なく使っている水もほんとうはとても神秘的で不思議な物質です。今、ぼくは、水の水質検査の仕事をしているので、そんな話題もお伝えできればいいな。

   ぼくがオーラとか気とかといわれるもの、精神世界に興味を持ったのは、今から10年前のこと。病気で入院中に神秘的な体験をしたのがきっかけです。そのときは天使のような存在に出会ってしまったのだから驚きでした。このことの詳細はI'M HEREの童話特集の原稿でも書いたので省略するけれど、この体験は決定的にぼくのその後の人生に影響を与えています。つまり、「ぼくはひとりじゃないんだ」という実感を持ったことです。そのことがなければ、きっとマッキントッシュというパーソナルコンピュータにも触らなかった気がするし、 ここでみなさんにこうして出会うこともなかっただろうなぁ。

 楽しみながらイージーに行きますので、どうぞ気楽に読んでみてくださいね。

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Lesson1「植物とおしゃべり」

 今年の冬は関東地方にも何回か雪が降った。一月の終わり、街にはまだ少し雪が残っていたけれど、気持ちよく晴れた日の午後、ぼくは用事を済ませた後、郊外にある公園に行ってみた。そこはたまに行く公園なんだけど、市民の森という名前が付いていて、エゾリスが飼われていたり、温室があって熱帯植物を観察できる施設がある。なんだかとても落ち着けるし、好きなところです。で、今回は公園に根を張っている樹木のオーラを感じてみようと思って出掛けてみたのだった。

 その日は平日であったので公園内にはあまりひとがいなくて、風もなく雲一つないような快晴。ぼくは一本のマテバシイの木を見つけると幹に触れながら心の中で話し掛けたんだ。
「こんにちは。ぼくは石川正己です。今日はとってもいい天気ですね。もし良かったらぼくの友だちになってくれませんか。OK?君のこと少し見つめていてもいいかなぁ。それから、どうかぼくのことも見ていて欲しいんだけど・・・」そんな想いを繰り返しながら、しばらく梢を見上げていた。(しかし、ちょっと怪しいひと?ぼくって。周りに人がいなくてよかったな。とかも正直思ったよ。)

 しばらくすると、ほぼ無風状態なのにその木がゆっくり呼吸しているように揺れてゆらゆらと盛り上がってくるように見えはじめた。それから周りの青空には無数の回転する球が見える。残念ながら、「オーラが見える毎日」に書いてあったような葉っぱの上にダンスするような光の球は見えなかったけれど。樹木の妖精は顔を見せてくれなかったのかな。だけど、そのときの何とも言えないゆったりとした満たされた気持ちはほんといい気分。ヒール。それがぴったりな感覚。ぼくはデジカメのシャッターを切っていったんだ。
 きっと、肉眼で見えるものとは違う広大無辺な宇宙のオーラにぼくは包まれている。包まれているというより、ぼくだってオーラそのものなのかもしれない。ぼくも誰かに、何かに、繋がっているんだ。無数の回転球と陽光がぼくに降り注いでいる。目を閉じると、瞼に流れる血が真っ赤に見えた。


マテバシイ
(クリックすると大きな写真が見られます。)

 この上の写真を見てほしいんだけど。何か感じませんか?ぼくにはこの写真にもオーラが見える。色調補正とかは何もしてないのに不思議だなぁ・・・
 その公園には小一時間はいただろうか。今日はどうもありがとう。じゃあ、また来るね。とマテバシイに言いながら、帰りはじめると、とてもいい香りがする。卒業式の日に渡された花束のようなぼくにとってのとびきりの春の匂いだ。あれ、とまわりを見渡すと道沿いに黄色い可憐な花たちが咲いている。ろうばいだった。匂いというのもオーラなのではないだろうか、と思った。


ろうばい
(クリックすると大きな写真が見られます。)

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Lesson2「自分自身のオーラ」

 風呂にはいると必ずしてしまうのは、自分の手のひらのオーラを見ることだ。湯船の中であぐらをかいてゆっくり息をする。そうしておいてお湯から手のひらを出してそっと眺めてみる。そうするとすぐに見えてくるんだ。1Bぐらいの厚みを持った黄緑色のものがボワーッと手のひらを覆っている。ぼくのオーラカラーって黄緑色なのだろうか?でも、「オーラが見える毎日」のあなたのオーラは2番目に好きな色説からするとぼくは、ブルーなんだけどね。体の部分やその日によってもきっと違う色なのかな。

 そういえば、昨年暮れに読んだ安房直子さんの「きつねの窓」という童話がとても印象に残っている。
 ある日、鉄砲撃ちの男が山道で子ぎつねに会うんだ。その子ぎつねは「ききょうや」っていう染物屋をやっていて、桔梗の花で何でも青く染めてくれるという。そして、男の指を染めてくれるという。指を染めるのはとても素敵なことなんですよと。その子ぎつねは自分のまっ青に染まった指でひし形の窓をつくって見せてくれた。その窓の中を覗いてみると・・・なんと鉄砲で撃たれて死んだ母ぎつねが生きていたのだった。そして男も自分の指を染めてもらって・・・というようなお話なんだけど、これなんかはオーラのお話というか、生と死の境界線上の話に仕上げられていて、キューンと心締め付けられてしまった。
 生と死は、断崖絶壁のようなものによって遠く隔てられているんじゃなくて、きっと重層的で連続したものだってぼくは思っている。
 ぼくがお風呂で見つめるひし形の指の窓では、残念ながら誰にも会えなかったけれど、ぼくはほっとするんだよ。このひとときのバスタイム。ああ、きょうも一日お疲れさま。また、あしたもよろしくねって心と体に言ってあげるのさ。
 それにぼくにとっては、Macintoshの光り輝くFinderがきつねの窓みたいなものだな。きっと誰かに繋がっているよ。

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Lesson3「iTunesでメディテーション」

 しかし、肉眼で物理的にオーラを視認する以外にチャクラを開き第3の目で見る方法ということが「オーラが見える毎日」に解説してあったけれど、ぼくはまだまだこの境地には到達できていない。残念ながら。
 いわゆる第3の目を頂点とした円錐の中に広がる宇宙ってどんな感じなのかな。そこに見える鮮やかなオーラの世界とは・・・
 それから、音というものもきっとオーラ、気のようなものなのだと思う。目には見えないけど、確かに存在するもの。そんなことを思っていたら、それをビジュアルで見せてくれているようなすごいコンピュータ・ソフトがあった。
 今年の1月に発表されたばかり、しかも無料でダウンロードできるアップルコンピュータの「iTunes」である!これは、MP3ソフトだけど音楽と連動してビジュアルが万華鏡のように変化していくすごいものだ。「これだっ!ぼくが見たかったものは!」とものすごく感動してしまった。きっとそうなのだ。iTunesによって、ぼくらはきっと宇宙の姿、めくるめくオーラの世界を垣間見ているんだろう。ぼくはここのところ毎日のようにiTunesを起動させビジュアルを眺めている。飽きもせずに。
 今のところもっとも相性がいいと思う音楽は、ファイナルファンタジー9のエンディングテーマで白鳥英美子さんの「Melodies of Life」が最高!フラッシュバックするストーリー。有機的に交錯していく。魂が昇華していく感じだ。
 これを見た後に目を閉じて眠りに就こうとすると、瞼にはまだ残っているんだ。
あの光の祭典が。自分の網膜に写る青紫の光の渦と残像のようなiTunesのビジュアルがミックスされて区別が付かないようだ。こんなことをしているとチャクラは開くのだろうか。そうすると特に厳しい修行とか関係なしに「オーラというものに覚醒するひと」はどんどん世界に増えていくってことになるね。21世紀はきっと変わっていく予感がする。このiTunesは、先駆けなんだと思う。

 

 でも、本当はオーラを見ることが目的ではないのです。いろいろなことで疲れちゃったら、休むこと。自分のペースを大事にする。それから自分の好きなひとやものと過ごす時間をとる。ぼくが心がけていること。きっとぼくはぼく自身でいたい。いつでもナチュラルな自分でいたい。誰かを愛したい。生きることを楽しみたい。オーラが見える毎日ってそういうことなんだろうね。

 次回はぼくの敬愛する白隠禅師の特集です。お楽しみに!


□ ぼくのお勧め書籍 □
  • 「オーラが見える毎日」山川健一著 大和出版
  • 「生、死、神秘体験」 立花隆対話篇 書籍情報社
  • 「臨死体験 光の世界へ」メルヴィン・モース、ポール・ペリー著 立花隆監修 TBSブリタニカ
  • 「人生は廻る輪のように」エイザベス・キューブラー・ロス著 角川書店
  • 別冊宝島103 「気は挑戦する 21世紀は気の時代だ」 宝島社


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