I'M HERE home

ロックスピリットの継承 〜僕は僕であり続ける〜


 アルフィーは今年、結成30周年を迎える。毎年、春と秋には合計60本を超えるライブツアーで日本全国を駆け巡ることを、もう20年以上続けている。新曲をだし続けることにこだわり、常にバンドとして現役であり続けるためには、精神的にも肉体的にも日々のあり方がいかに大切かということを、身をもって体験していることだろう。
 そういった意味でローリング・ストーンズが、今なお現役でエネルギッシュに世界ツアーを行っている様は、大いに高見沢を鼓舞し、そしてロックとはなにか、というミュージシャンなら誰もが抱えているであろう問いの答えを目の当たりにしたであろう。
 ローリング・ストーンズのライブの感想に続けて演奏したのは、『RUBY TUESDAY』と『Jumpin' Jack Flash』。キーをあげ、キーボードの演奏だけでしっとりと唄った『RUBY TUESDAY』は、横浜アリーナでのローリング・ストーンズのライブを想起させる、とても美しいバラードだった。
 ジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズの渋いブルースナンバーが続いた後は、いよいよ“ギタリスト・高見沢俊彦”ができあがったまさに原点、本人のコメントいわく、命! と位置づける伝説のロックバンド、レッド・ツェッペリンのナンバーへ。
 『移民の歌』、『HeartBreaker』、『天国への階段』……と延々に続き、結局この日のライブの1/3はレッド・ツェッペリンの曲だったのだから、彼がいかに敬愛しているかがわかるだろう。キーの高いロバート・プラントのボーカルもなんなく歌いこなし、ジミー・ペイジが愛用していたレスポールでギターソロを奏でる彼の姿は、本当に感動的である。“ひとりレッド・ツェッペリン状態”とも言えるが、彼がまだ高校生だった頃に初めてみた日本武道館のレッド・ツェッペリンのライブが、激しい衝撃として今もなお彼のなかで絶えることなく呼吸し続けていることを証明していた。シンプルだが圧巻としか言いようがない。
 そしてその感動が、レッド・ツェッペリンを未だ知らなかったオーディエンスをつき動かす。
 わたしは初めてレッド・ツェッペリンのアルバムを聴いたときのことを思い出していた。高見沢を通してレッド・ツェッペリンの存在を知り、あまりのインパクトに驚き、そして心の底から納得したのである。ロックンロールは、一人の人生観や生き方を大きく変えてしまうパワーを持っているのだ、と。なんと説得力のでかい一曲なのだろう。彼のおかげでレッド・ツェッペリンというバンドの存在に出会えたことを、本気で感謝したものだ。
 ローリング・ストーンズが未だにライブでブルースを演奏し続けるように、高見沢がレッド・ツェッペリンの曲をプレイするその姿こそに、ロックンロールの本質があるように思う。
 かつてミック・ジャガーは雑誌のインタビューに、「ロックンロールには連続性とトラディションが必要だ」と語っていたが、その2つを叶えるために“継承”されていくものが確かにある。
 この日のために創ったという新曲『Going My Way』は、高見沢が自分自身であり続けるということの意味を問い、そして自分らしくあるということを綴った力強いメッセージソングだった。
 おそらく彼は、アルフィー結成30周年めの春のツアーを始める前に、ソロのライブという形で何かを確認したかったのかもしれない。それはまだロックを職業としない高校生だった頃、純粋にギタリストに憧れた初期衝動だったのかもしれないし、アルフィーというバンドがこの先、40年、50年と転がり続けるために必要な、自身=(イコール)ソロとしての何かだったのかもしれない。
 ただ、これだけははっきりと言えるだろう。ライブを通して、常に彼が彼固有の観念と闘い続けている様はオーディエンスにも確実に伝わっているし、なによりも高見沢が高見沢自身であり続けることに確信をもったと感じられた。華麗でエネルギーに満ちた、幸福なロックンロールの光りに包まれたライブだった。


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■THE ALFEEオフィシャル・ホームページ
WELCOME TO THE ALFEE


■高見沢俊彦ホームページ
takamizawa.com


■TBSラジオ『高見沢俊彦のロックばん』
高見沢俊彦のロックばん


□Set List
私立高見沢高校春期講習
〜大音量ロック美学における形而上学的日常弱音撃退論〜


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