I'M HERE home

黄金の昼下がり -The Golden Afternoon- 木椙ルル

 僕たちは、外側の生け垣がアーチのようになっている隙間から並んで中を覗いた。眩しいような色彩が飛び込んでくる。
「不思議なんだけど、まだ僕が小さかった頃。ロンドンなんて知らなかった頃だよ。その頃から今までずっと見続けててる夢の中に、ここが出てくるんだ」
「ほんと?」
「うん。だから最初にここを見た時は本当に驚いた」
「へぇー、不思議だな」
「夢の中だと、あそこに吊り橋があって......それを降りて庭の中に入れるんだ。......ゾーイもここの話、聞いてたんだね」
「あぁ。普段からミエルは何かっていうと、ここに来てる。俺もよく来るよ。前は二人で散歩に来てたし。だから約束の場所ってのも、ここだなってね」
「うん。......ありがとう」
 穏やかな風に、花たちが揺れている。あまりにも静かで、あまりにも美しかった。だから僕は、なんでもっと早くここを訪れなかったのだろうと、胸は激しく痛めた。


サンクン・ガーデン

「あのね、昨日言うのを忘れてたんだけど」
「ん?」
「景からの伝言でね、ゾーイとミエルに“よろしく”って」
「ケイが?」
「うん。ちょっと気付くのが遅くなっちゃったんだけど景が......」
「そっか」
 隣のゾーイは微笑んでいた。
「ホント、バカ」
「ん?」
「僕は本当にバカだったよ。なんでかな、色んなもの忘れちゃって、見えなくなってた」
 僕も思わず笑った。
「しょうがないさ。いいじゃん、今は見えるようになったんだから」
 そう言うゾーイが今度はクスリと笑ったので、僕は思わず彼を見上げ、その彼の視線の先を追った。

「えっ......」
 その時、僕は庭園の奥にアンティークなテーブルと椅子がセッティングされているのを見た。
 テーブルの上にはアイリッシュ・リネンの白いレースのクロスが敷かれ、たくさんの甘そうなケーキやスコーンにサンドイッチ、そしてティーセットが置かれている。
「えっ!?」
 僕は思わず、今度は大きく声を上げた。

 その小さなティーパーティの席に座り、ミエルは楽しそうに笑顔を浮かべていた。白いシャツを着た、あの頃のまま、何も変わらない彼だ。そして穏やかな表情の景は、並べられた4客のティーカップに丁寧に紅茶を注いでいる。生成りの薄手の生地のワンピースが少女のようで、よく似合っていた。
「.............」
 僕たちに気付いたミエルがパッと笑顔を浮かべて手を挙げた。振り向いた景は、僕の目をまっすぐ見つめながら、あの優しい笑顔と共に、胸の前で可愛らしく小さく手を振ってみせた。
「うわっ......」
 自然と僕の足は前に出て、そして最初はぎこちなく手を振り返した。すると彼らもまた、同じように振り返してくれるのだ。ミエルと景は顔を見合わせ、そんな僕を笑った。

 その時、僕はようやく全てに気がついたのだ。
 申し訳ない気持ち、恥ずかしさ、くやしさ、そして歓びで、僕の身体中が、はちきれそうに満たされてゆく。何と表現してよいか分からない状態になった僕は、それからしばらく何も言えなかったし、動くこともできなかった。ただ自分の中に張り巡らされて絡まっていた無数の細い糸のようなものが、徐々に、でもすんなりと解けていくのを感じていた。
 僕の中から、醜いマイナスの感情がどんどん消えてゆく。ヤツらは悲鳴も上げず、それどころか抵抗することもなく、まるで染みが水流に溶けて行くように薄まり、やがて消えて去ってゆく。

「ゾーイ......」
 僕の声は震えていた。身体も、自分じゃどうしようもないぐらい震えている。
「ザジにとっては、随分と遠い待ち合わせ場所だったな」
 泣き崩れそうな僕を支えるように、いつの間にか左手を強く握ってくれていたゾーイが、温い穏やかな声でそう言った。
「ゴメンね......やっと、来れた......」
 僕はバッグパックの中から、コヴェントガーデンのマーケットで買った指輪だけを取り出した。それを手の平に乗せ、景に向かって伸ばせるだけ腕を伸ばして掲げた。その時、この街にしては強い太陽の日差しに一瞬目が眩んで、そしてその次には、僕の手から指輪が消えていた。
「景......?」
 僕が一番大好きな笑顔を浮かべた彼女の唇が「ありがとう」と、形作った。だから僕は、僕の指にも光る同じ指輪を彼女に見せながら、
「たいせつにしてね」
 そう、答えた。照れた彼女が笑うから、僕も一緒になって笑った。


LONDONSKY

 ミエル、ゾーイ、景、そして僕。
 身体はまるで白い雲のように軽くなり、今にも浮かび上がりそうだ。
 蝶がヒラヒラと舞い、チューリップや朝顔や水仙や菫、百合やたんぽぽも美しい声で歌っている。
 木々はその緑を一層鮮やかにし、風に揺れる泉の水までが笑い声を立て、ラウンド・ポンドの鳥たちも、森のリスたちも集ってきた。大きなポットからアールグレイの湯気が立ち昇り、ケーキと花々の甘い香りを優しく包み込む。
 僕は両手を思いっ切り広げ、大きく息を吸い込んだ。押さえられないぐらい、自分の奥の方から笑顔が溢れだしてくるような感覚。それは久しく感じることがなかった、懐かしい気持ちだった。

 ミエル、ゾーイ、景、そして僕。
 僕たちはいつだってここにいた。これからも、僕たちはずっとここにいる。
 それが、僕が、僕たちが出した最終結果だ。もう終わったんだ。そしてここから始まったんだ。
 風が吹いたからふと見上げると、ロンドンの広い空はどこまでも澄み、青く深く、太陽は煌めき、僕たちの黄金の昼下がりは、どこまでもキラキラと輝いた。


In a Wonderland they lie,
Dreaming as the days go by,
Dreaming as the summers die:

Ever drifting down the stream -
Lingering in the golden gleam -
Life, what is it but a dream?


(終わり)
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