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■第一章 人生哲学編

 立身出世におさらばしよう

 江戸時代の幕藩体制が崩壊し、明治時代が始まると、すべてのことが新しくなった。
 士農工商という身分制度が廃止され、かつての多くの武士達が失業することになった。明治時代は、大失業時代でもあったのだと思う。
 そういう意味では、現代によく似ているのかもしれない。
 武士階級というのは、鎌倉時代にあらわれた新興勢力だ。自分で開墾した田畑を守るために、彼らは刀や槍を手に取った。畦道に武器を置いて、農作業する。ここは俺が開墾した土地で、だから誰にも渡さずに絶対に守ってみせるぞという心意気から、「一所懸命」という言葉が生まれた。
 彼らは、関東地方から登場したので、坂東侍と言われる。当時、関東は坂東と呼ばれていたからだ。
 坂東侍は農民出身の武士だったわけで、ぼくら日本人すべてに共通する祖先と考えていいのではないかという気がする。
 やがて武士階級の仕事は、戦をすることに特化していく。
 戦国時代の幕開けだ。
 だが江戸時代になると世の中は太平になり、武士階級はサラリーマン化していく。そこでは、戦の上手い下手よりも、精神的なものが重要視されたのだと思う。佐賀鍋島藩の山本常朝の『葉隠』が有名だが、武士道とはなにかということが問われ、それは人間としての良心とか潔さとか、一度交わした約束は生命を賭してでも守るとか、理想的なライフスタイルの追及といった側面もあったのだろう。
 江戸時代は、成熟した町民文化が花開いた時代でもあった。それを背後で支えたのが、ぐっとやせ我慢するような武士達だったのではないだろうか。
 こうした大人の文化が一気に崩壊したのが、幕末から明治時代にかけてだった。
 尊王攘夷、和魂洋才、脱亜入欧、などという言葉に、当時の人々のうろたえている様子がよくあらわれている。尊王攘夷も和魂洋才も、脱亜入欧も、冷静に振り返れば目茶苦茶な発想で、今の流行語で言うなら「ありえなーい!」ということになるのではないだろうか。
 さて、かつて武士階級だった人々は困った。美学ばっかり追及してきたわけで、農業の方法も知らなければ土地も持っていない。大工仕事や左官屋の技術とも無縁な、それこそ無用の存在としての自分を発見することになる。
 もちろん、昨日まで武士だった男がプロフェッショナルな商人と肩を並べて商売を始めるには、大きなハンディキャップを背負わなければならなかったろう。
 そんな彼らが夢想したのが、立身出世というやつだ。
 学問し、世の中に出て行く。
 政治家でも官僚でも新聞記者でも学者でも、何でもいい。とにかく、出世することが目標なのだ。せっかく四民平等で自由な社会になったというのに、「だったら学問して人より偉くなってやる」というわけだ。
 この立身出世という妖怪が、近代日本に巣くい、多くの青春の生命を喰らってしまったのだとぼくは思う。実は平成の現代でも、この妖怪は舌なめずりしながら純粋な若者達の魂をねらっている。
 学問と言うか、本を読んだりさまざまな世界のことを知るのは大切なことだとぼくも思う。五十歳にして、自分の無学ぶりを恥じ入るばかりだ。
 すべての人間にとって、知性は大切だ。
 もっと簡単に言うと、たくさんの本を読むことが必要だ。
 本を読み、自分の体験についてきちんと考えてみることのなかから経験が生まれる。
 飯を食う時にも、散歩する時にも、恋愛する時にも、知性が求められる。
 知性を身に付けた人は美味しい食事をとることができるし、散歩の時間さえもが輝き、実り豊かな恋をすることができる。
 クルマの運転にも、スポーツにも、ガーデニングにも、もちろん知性は必要だ。
 だが学問というものが立身出世の道具に成り下がるとき、不幸が生まれる。
 そもそも、明治維新を支えた尊王攘夷という思想は、自由・平等・博愛を掲げたフランス革命の思想に較べればお粗末な限りだ。
 和魂洋才とはほとんど机上の空論だし、脱亜入欧を目指した結果が第二次世界大戦の敗戦なのは、誰の目にも明らかだ。
 一人の日本人として、ぼくは自分の国が好きだ。日本人は、多くの素晴らしい側面を持っている。かつてこの国に存在した武士道というものも、欧米の人々にとっては理解し難いものだとしても、形を変えてぼくら一人ひとりのなかで今も生きているのだと信じたい。
 だが、立身出世だけはいけない。
 これは、尊王攘夷と同じくらい中身のない希望である。
 日本の近代化は、その出発時点でまちがってしまったのではないだろうか。だからこの国は、歪な官僚国家に成り下がってしまったのだ。
 この悪夢から目覚め、むしろ階段をゆっくり降りて行くことのなかに、人生の生きる意味を発見すべきなのではないだろうか。
 西欧の哲学は、多かれ少なかれ生の哲学だ。生というものについて、考え抜く。
 医学にしても、徹底的に病気と闘おうとする。
 だが、日本人が伝統的に身に付けてきたのは、死の生活哲学だろう。仏教や道教にしても、それこそ「武士道というふは、死ぬ事と見附けたり」の一文があまりにも有名な『葉隠』にしてもそうだ。
 死について考えることを通じて、生についての知恵を得る。それが、日本人の方法だった。常朝は「人間の要は実(まこと)一つなり」とも言っている。
 死を前提にすると、実(まこと)としての生が浮かび上がってくるということだろう。
 すべての人間は、やがて死ぬ。
 生物というのは、すべて等しく死のキャリアなのだ。
 個人的な話になるが、ほぼ一年前に、親しい友人が亡くなった。動脈破裂だった。一人暮らししていたのだが、誰が電話をかけても出ないことを不審に思った別の友人が部屋を訪れ、遺体を発見した。
 年末・年始にかけての慌ただしい時期だったので発見が遅れた。
 先頃一周忌が行われ、高校時代の文学仲間が集まった。皆、ぼくと同年代だ。
 そのなかには立身出世を遂げた者、遂げつつある者、あるいはそういうこととは関係なくぶらぶらと生きてきた者もいる。亡くなった友人もいる。
 いずれにしても、われわれはもう五十代なので、会社勤めしている者は引退の時期が迫っている。
「定年になって暇になったら昔のように、みんなで温泉へ行ってマージャンやろうな」
 誰かが、そう言っていた。
 実現できれば、ぼくらにとって幸福な一日になるだろう。
 そういう今つくづく思うのは、偏差値の高い大学に行こうとか一流企業に就職したいとか、あるいは出世したいなどという願望はほんとうにつまらないものだということだ。若い人達に、早くそのことに気がついてほしいとぼくは願う。
 もしもあなたが、自分にとってほんとうに大切なものを発見することができれば、そいつを大切に育てていくことは、定年なんてものとは関係なく死のその瞬間まで続く。
 そして時には、誰かがあなたの後を受け継ぎ歩いて行ってくれるかもしれないのだ。
 そういう人生は無駄ではない。

 まず、弱い自分を認めよう

 そうは言うものの、やはり無名の大学よりは有名な大学に進学したい。
 名前を言えば誰でも知っているような会社に就職したい。
 一度その会社に入ったからには、せめて課長ぐらいまでは出世したい。
 バンドをやっている人ならメジャーレーベルでデビューしたいし、絵を書いている人なら一流の画廊で個展を開きたい。作家志望の人なら、自分の本を一冊でいいから出版してみたい。
 あるいは起業して、金儲けがしたい。
 女の人なら、申し分のない男性と恋をして、やがて結婚したい。
 つまり、サクセスしたい。
 そう思うのが人情というもので、矛盾したことを言うようだが、そういう自分を否定しないこともまた大切なのだと思う。
 人生の階段というものは、登っていくほうが降りていくよりも遥かに楽だ。
 苦労しながら受験勉強する。
 こつこつ仕事する。
 その過程は遊び呆ける毎日より大変かもしれないが、精神的には充実感があるだろう。周囲の人も、そんな努力を認めてくれるにちがいない。
 そういう場所からゆっくり遠ざかるには、勇気がいる。
 階段を降りて行くというのは、具体的に言うなら会社を辞めたり、昨年より今年の年収がダウンしたり、離婚したり、長年培ってきた夢のひとつをあきらめるということだ。あるいは、半年なり一年なり、仕事を休んでしまうことだ。
 こうしたことは実行に移すには、本人にとっては周囲の人間が想像する以上のエネルギーが必要だろう。だから、精神的にまだ無理だなと思ううちは、階段を登る努力を続ければいいのだと思う。
 人間は、弱い存在だからだ。
 きっかけは、きっと些細なことだろう。ある日突然、熟した果実が木の枝からポトリと地面に落ちるように、緩やかに下る心地の良い下り階段が見えるかもしれない。
 意志の力で無理して階段を降りようとするのは、階段を登り続けるよりも深刻なストレスをもたらすかもしれない。
 いちばん大切なのは、無理しないということだ。
 <無理するな>
 それが、十代の頃から変わらないぼくの座右の銘である。
 立身出世、サクセス、成功。
 そんなものとは関係なしに生きていきたい。そんなふうにごく自然に思えるチャンスが、いつかきっと巡ってくるだろうと思う。誰にでも、そういうシグナルがある。それを見逃さないことが大切だろうという気がする。
 階段を登っていくことなのか、降りていくことなのか、それはよくわからない。だが、自分に独特なひとつの可能性、日本人が好きな言葉で表現するなら「道」が見えてきた。そう自然に思えた時こそが、生き方を変えるいい機会なのだ。
 だが、上手にシグナルをキャッチできる人と、そうでない人がいる。
 その差が、どうしてできるのだろうか?
 思うに、自分の弱さに自覚的な人とそうでない人の差なのではないだろうか。
 自分は弱い。
 あるいは、私のなかにはこんな弱さがある。
 そう知っている人こそが、無理をしないで生きていくことができる。
 自分で言うのもなんだが、ぼくはよく「陽気だね」とか「いっしょにいると楽しいよ」とか、「ポジティブだね」などと言われる。「人間関係の達人だね」とまで言われることさえある。
 もちろん、実情はそうではない。
 ぼくは自分が自動車やオートバイやギター、あるいはマッキントッシュといった「物」をこれほどまでに偏愛するのは、性格的な欠陥があるせいだろうと思っている。その欠陥、つまり弱さを一言で表現するなら「人間嫌いである」ということだろう。
 心の底から人間というものを愛したいと願っているくせに、根本的には人間嫌いなのだと思う。人間より、むしろ動物のほうが好きだ。自分のそういう傾向に気がついたのは、十代の頃のことだ。
 それが、自分の弱さなのだと思っている。
 だから、誰かと会う時、なるべくその人のいいところを発見しようと努力する。
 今の自分を、ぼくは長い時間をかけて意識的に作ってきたのだ。いつでも自分の弱点に自覚的であるように努めた。
 人間嫌いであり、短気であり、正義感が強すぎるあまり誰かの過ちをなかなか許すことができない。そういう自分の弱さを、まず認めようと努力してきた。
 もちろん、今でもそういう弱点を克服できたわけではない。短気なのはさすがに直ってきたが、他人を許すのが下手なのは相変わらずだ。
 作家というのは因果な職業で、かつて自分が書いた文章を読者の方々が今でも覚えていて、「昔こんなことを書かれていましたよね」などと言われることがある。
 そういう時はギャッと叫んで逃げ出したくなる。かつてのぼくのいくつかの作品には「恋愛よりもセックスのほうが大切だ」と考える主人公が登場するが、それは当時のぼくが自分の臆病さを吐露しているようなものだ。
 だが、自分がそういう駄目な人間だということは、知らないより知っているほうがいいと思うのだ。
 ぼくは人間関係の達人などではなく、一週間とか二週間、誰にも会わずに部屋に閉じこもり、電話さえとらないこともある。だがそういう期間がずっと続くことなどあり得ない。やがて誰かに会いたくなり、会っている時には相手のいい所を探そうと努力するのだ。
 そんな過程のなかから、友達や、信頼できる仕事のパートナーが少しずつ増えていった。
 あなたにも、きっと何か弱さがあるはずだと思う。
 その弱さとは、相手がごく普通に指摘している欠点なのに腹立たしかったり、傷ついてしまったりすることだ。
 淋しそうに見える、ずるい、臆病だ、八方美人だ、保守的だよね、などといった言葉に敏感に反応してしまったことがないだろうか? それが、あなたの弱さなのだ。
 自分もまた弱い人間だと認めること。
 そして、その弱さは具体的にどういうものか考えてみること。
 それができれば、人生を変える風が吹いてきた時、上手に帆を張ることができるだろう。


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