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■ 03.6.2〜03.6.8 山川健一 ■

■03.6.8 日記のかわりのエッセイ

 初代のPowerBookG4のモニタに、ピンクの線が縦に入るようになり、困っていた。だましだまし使用していたのだが、やがてブルーの線がもう1本入るようになり、限界かなと思うようになった。修理すればいいのだが、液晶モニタを交換することになると、10万円を超えてしまう。だったら新しいノートを買ったほうがいいよなあ、と悩んでいたわけだ。
 しかし、こういう悩みは悩みであるのと同時に「新しいPowerBookを買おうか!」という期待も含んでいるわけで、だが購入するとなればお金が必要なので手放しで期待するわけにもいかず、なかなか複雑である。
 そんな複雑な気分を抱えながら(……ってほどでもないか)、西新宿や秋葉原のマックショップを歩き回っていた。半ば本気でマックを買うつもりでこういう店を歩くのは楽しい。12インチのPowerBookG4を使う自分を想像したり、iBookもいいなと考えたり。いっそのこと画板のように大きい17インチのPowerBookにして、みんなの笑い者になってもいいかと考えたり。
 15インチのPowerBookは意外にやわで、片手で持つと筐体がしなる。そんなふうに乱暴に扱ったせいでどこかが断線し、それでピンクの線が入るようになってしまったのだろうと思う。だったら今度は頑丈な14インチのiBookもありだよな、とぼくは考えるようになった。ひっそりと新しいモデルが出たせいで、800MHzの機種は15万前後で売っている。これっていいよなあ、と思うようになった。でも、iBookのデザインは女性っぽいから、アルミボディの15インチPowerBookがリリースされるのを待つか、と思ったり。
 そうこうするうちに、PowerBookシリーズが3万円程度値下がりになり、「いよいよ今か?」と心は乱れる。しかし、もちろん今のPowerBookに愛着もある。
 とりあえず修理にいくらぐらいかかるかチェックする必要があるなと思い、アップルコンピュータのサポートセンターに電話してみた。それが、この日記を書かなければならない最初の日(6月1日の日曜日)のことだった。
 症状を説明していくと、
「では、取りにうかがいます」という。
「いや、まず見積もりしていただきたいんですが。液晶モニタを交換するなんてことになると、新品買ったほうがいいかもしれないし」
「そうですね。では、見積もりを出させていただきますので、しばらくお待ちください」
 電話を耳に当てたまましばらく待つ。その時間の長いこと! いや、実際には二分とか三分ほどだったと思うのだが、気分的に長いという意味だ。やっと電話口に出た先方の担当の方がおっしゃる。
「4万7千円ほどになります。それ以上になる場合はもちろんその旨こちらから連絡させていただき、キャンセルされてもかまいません」
 やった、5万円以内で直るのか。ではお願いしますと言うと、
「それでは夕方、取りにうかがいます」とのことだった。
 ぼくはそれからすぐにショップに出かけ、I-O DATAの、160GBの外付けハードディスクを2万5千円で購入。書類のバックアップをとり、システムが不安定になっていたので、思いきって初期化し、OS.10.2を入れ、これを10.2.6にアップデートした。で、運送会社の方が空き箱を持って自宅に来て、ぼくは心細い思いでPowerBookG4を送り出したのだった。
 そして6日の金曜日には、早々と修理済みのPowerBookが戻ってきた。DisplayModuleを交換し、修理代金は見積もりの通り4万7千円に消費税2350円を加えた4万9350円である。チェックしてみると、ピンクとブルーの2本の線は消えている。初期化したのでフラグメンテーションがなくなり、ファインダのスピードも上がっている。
 バッテリーが寿命だったので、これも1万5千円で購入した。
 なんだか新品のPowerBookみたいである。
 今日は6月8日の日曜日で、今ようやく外付けのハードディスクから書類やアプリケーションを戻し、臨戦対戦が完了したところだ。そして、最初の原稿をこうして書いているところだ。テキストエディタはJedit4で、5分ごとに自動保存する設定にしてある。インプッドメソッドはことえりでもATOKでもなくEGBRIDGE12だ。

 そして、これまでの環境との最大の差は、OS9を入れてないことだ。これは、さまざまなアプリケーションが出そろい、自分のやりたいことがほぼOSX環境で実現できるようになったからだ。最後まで困ったのが、辞書である。広辞苑や岩波の国語辞典、英和・和英の辞書、平凡社の百科事典などを入れてあり、このブラウザに使っていたのが「書見台」というソフトだったのだが、これはOS9版しかなかった。この際だからちゃんと探してみようとサーチしてみると、コトノコという電子辞書ビューアが見つかった。ハムスターがアイコンの可愛らしいビューアである。試してみると調子がいいので、PowerBookはOSXオンリーでいくことにしたのだ。



 ついでに、iTunes4ではアルバムのジャケット写真を登録できる機能が加わったが、Clutterを使えば、アルバムジャケット写真を自動でサーチしてくれる。ジャケット写真をデスクトップに置いておき、これをダブルクリックするとiTunes4が立ち上がり、そのアルバムを再生してくれる。音楽はデータになったんだなあ、という一抹の感慨がある。
 あとは、ウェブ制作ソフトのPageMillはシンプルで使い勝手がよかったのだが、これがOSXには対応していないので、同じAdobeのGoLive 6.0に慣れるしかなさそうだ。あるいはHTMLを学びたての頃に戻って、テキストエディタだけで書いてみるか。
 アラン・ケイが、OSXについて、
「とても美しい女性だが、決して君の名前は覚えない」と言っていた。
 名前を覚えてもらえない、あるいは名前を覚えられないですむ微妙な距離感が、むしろ心地よいのかもしれない。
 こんな時代で、ふと気がつくと「向こう側」に行ってしまっている友人や知人が多い。仕事先の人に話を聞いていても、ひとつの会社に1人や2人はそういう人がいて、そんなエピソードを聞いているとこちらの気持ちも沈んでくる。
 ぼくはMacintoshのファインダ画面がとても好きなのだが、そう感じる心の動き方が、人間嫌いの方向へ振れているのかなと思うこともある。
 この頃、道教や仏教、あるいは隠れ念仏(一向宗…つまり浄土真宗の人々が権力に隠れて密かに念仏信仰を維持したこと)の歴史などについて調べている。これは別に小説の取材ということではなく、趣味だ。ぼくはコンスタントに1週間に10冊ほどの本を読むのだが、最近ではそのうち7冊ぐらいまでが道教/仏教関係の本だ。ちなみに、Macintoshの場合ソフトによってはウェイティングを示すポインタが黒と白のマークになるが、あれは道教の陰陽を示すマークなのだ。
 10年後ぐらいには世界はがらりと変わり、人間も今の人間ではなくなっているだろう。今は厳しい淘汰が行われているところなのかもしれない。
 そうなる前に、人間は、あるいは日本人はこれまでどのように考え、どのように生きてきたのか、知りたいと思うのだ。農地を耕し、権力に脅かされながら念仏を唱え、仲間と語り合い高め合い、時には踊り狂い乱交パーティみたいなことまでやり、死んでいった名もなき民衆達。彼らは幸福だったのだろうか。それとも苦しいばかりだったのだろうか。そんなことを、ぼんやり考えたりする。
 OSXの話に戻るが、今のMacintoshのハードウェアはOSXの能力を十分に引き出すにはまだまだ非力である。お金のかけ方にもよるのだろうが、ぼくが今メインで使っている500MHzのPowerBookと800MHzのiMacでは、非力だと思う。ハードがソフトに追いついた時、Macintoshはきっと道教的な新しくて古い夢を見せてくれることだろう。

 

 

 

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